隣にいた綾乃が、心配そうに敬太郎に声を掛けている。

入り口付近で客と話し込んでいた獅子倉氏が、足早にふたりのもとへと歩み寄った。

床の上に転がるふたつの破片に気づくなり、獅子倉氏の顔がみるみる蒼白になっていく。

「……なぜ、そのティーカップが……」

 異変を感じた良太も、身を乗り出し割れたカップを確認する。そして、喉の奥から驚きの声を漏らした。

「え? どうして……」

 艶やかな大理石の床に転がっていたのは、白磁に葡萄葉模様の描かれたティーカップだった。

金色の淵に、鳥を模した柄。たしかに見覚えのあるものだ。

「これって、獅子倉さんの一番大事なコレクションじゃ……」

「……1871年製の、マイセンカップのようですね」

 良太と同じく敬太郎の足もとに目を凝らしながら、ルイが言った。

 なんてことだ、と良太は青ざめる。

 カップを見下ろす獅子倉氏の口もとの髭が、小刻みに震えていた。