「こちらのスタイルの方が、飲み頃の紅茶を全員が同時に味わえますから。使用人の数が多いわけではないので、ついで回ると、どうしても飲み頃を過ぎた紅茶を飲むお客様が出てくるのです」

「なるほど」

 食空間演出は、テーブルセッティングや会場設営が全てではないことを良太は知った。
食事が最も美味しい状態で食べるられるようにする、段取りも重要なのだ。

 このあとの流れとしては、ゲストが紅茶とお菓子を口にし始めてからしばらくしたところで、獅子倉氏が挨拶をすることになっている。

ある程度お腹が満たされてから話に耳を傾けた方が、空腹のときより穏やかに言葉を受け止めることができるかららしい。綾乃と敬太郎の婚約についても、そのときに告げる算段だ。

 ルイの演出は、人々が若いふたりの婚約を心から祝福できるよう、細かなところまで完璧に気配りされていた。

「砂時計、落ちましたね。ルイさん、淹れましょうか?」

「ありがとうございます」

 良太がポットを手に取れば、茶葉の香りが微かに鼻先に漂った。これは、たしかに飲み頃のようだ。ルイのティーカップに紅茶を注ぎながら、良太はふと思う。

 ――そういえば、ルイさんが紅茶を淹れるの見たことないな。

『ボヌール・ドゥ・マンジェ』には、数々の銘ブランドのティーポットがある。

にも関わらず、食空間演出講座でのティータイムの際、ルイは“ブランチの紅茶”を厨房であたため、直接ティーカップに入れている。本人に聞いたわけではないが、良太は香りでそれが分かるのだ。

 ――よほど、“ブランチの紅茶”が好きなのかな。

 そうであれば、良太と同じだ。思わぬ共通点を見つけた気がして、良太は心躍らせた。

 と、そのとき。

 ガシャン!

 耳の奥に刺さるような音が、テラスルームに鳴り響いた。

 談笑中だった紳士淑女たちが、水を打ったようにぴたりと静まり返る。

 音が聞こえたのは、会場の中ほど、良太がいるテーブルから一席挟んだ席だった。

「わっ、ごめんなさい!」

 座っていたのは、敬太郎だ。どうやら彼が、ティーカップを落としてしまったらしい。

屈強な大理石の床の上では、ティーカップがものの見事真っ二つに割れていた。

「敬太郎さん、お怪我はないですか?」