「あ、いえ。僕のことはおかまいなく……!」

良太は、慌ててかぶりを振った。

「そう? では、遠慮なくお邪魔しますね」

優雅に微笑むと、マダムはルイに促され、カウンター前の席に座った。

「どのようなパーティープランをご計画ですか?」

「女性ばかりのランチパーティーよ。久々にお会いするから、落ち着いてゆっくりお話しをしたいと考えているの。ビュッフェスタイルで、料理はフレンチ。食器は、ロイヤル・コペンハーゲンのものをメインに使う予定よ」

「でしたら、コペンハーゲンの優しいブルーに合うよう、濃いめのブルーもしくは、淡めのブルーのクロスはいかがですか? トーン配色を活かせば、落ち着いて話し込める空間が演出できますよ」

店の端にあるチェストの中から、ルイがテーブルクロスらしき布を次々と出してくる。

無地のもの、レースのあしらわれたもの、薄く小花がプリントされたもの。新たなクロスが出されるたび、マダムはうっとりと瞳を輝かせ、ルイの説明に聞き入っている。

邪魔にならないよう、縮こまってクッキーを口にしながら、良太は軽く混乱していた。ここが何の店なのか、皆目見当がつかないからだ。

少なくとも、今まで良太が一度も世話になったことのないジャンルの店であることは確かだ。

マダムは三十分程度あれこれとルイとやり取りしたあとで、満足そうな笑みを浮かべて帰って行った。

「お待たせして申し訳ございません。ご覧になられたように、当店では、お客様の食空間をサポートしております」

ドアの向こうまでマダムを見送りに行ったルイが、店の中に戻ってくるなり、三十分前の良太の質問に律義に答えてくれた。

「食空間……?」

耳慣れない言葉に、良太は首を捻った。

「はい。料理の『美味しい』を決める、全てを請け負っています。たとえば、食器やテーブルクロス、食卓のインテリア、照明、音、窓の外の景色などです」

「照明や窓の外の景色まで、ですか……?」

「もちろんです。『美味しい』という感情は、味覚、嗅覚、視覚、触覚、聴覚が複雑に絡み合って、構成されているものですので」

「でも……。料理の『美味しさ』を決めるのは、やっぱり味ですよね?」

料理の美味しさに味覚と嗅覚が関係しているのは理解できるけれど、視覚と触覚と聴覚はピンとこない。

料理は見た目も大事なのは分かるけれど、やっぱり決め手になるのは味だと思う。