こうして独り立ちするようになっても、実家の威光と祖父の功績は、良太から離れてはくれない。

良太自身は威光や功績とは無縁の落ちこぼれのため心苦しいが、ルイの仕事ぶりに興味を持っている今は、同行を許されたことに感謝している。


 燦燦と日の降り注ぐ部屋にて、たちまちパーティーの打ち合わせが始まった。

招待客は、獅子倉氏と旧知の間柄の総勢五十名。公の婚約発表とは別に、獅子倉氏の知人にのみ孫娘の婚約を知らせる機会を設けたらしい。

獅子倉氏は、それほどまで孫娘を可愛がっているようだ。

「紅茶をお持ちしました」

 ルイと獅子倉氏が話し込んでいると、先ほどの家令がワゴンを押して姿を現し、てきぱきとティーカップとソーサーを配りポットを傾けていく。

茶菓子は、船橋駅にある洋菓子店のチーズケーキだった。バイト先のパートさんのイチオシらしいので気にはなっていたけれど、良太はまだ食べたことがない。

ひと口かじれば、とろけるような柔らかさとコクのあるチーズの風味が口に広がる。

「こんなに美味しいものを、ありがとうございます……!」

 あまりの感動に、良太は相沢に礼を言っていた。

 一方の相沢は軽く頭を下げただけで、にこりともしない。

切れ長の瞳は、氷のように感情が希薄だ。

無駄な動きのない優秀な家令なのだろうけれど、冷淡な印象を受けた。

同じ美男でも、微笑と気配りを欠かさないルイとは異なるタイプのようだ。

「それではルイ君、わしのコレクションの中から、当日使うカップを選んでもらいたい。君の見識に期待しているよ」

「ご期待に沿えるよう、精進させていただきます」

 ルイと良太は、いったん応接室を出て、別の部屋に通された。綾乃も、黙って一行のあとについて来る。

「獅子倉氏は、日本で有数のティーカップ・コレクターとして、その世界では有名な方です。貴重なコレクションを目にすることができる、またとない機会ですよ」

 良太に耳打ちしたルイの声が、心なしか弾んでいた。

 テーブルウェアの取り扱いを仕事とし、生計を立てているルイは、自身もその世界に魅せられている。

店内にある銘ブランドの食器を磨くとき、彼が少年のような無垢な笑みを浮かべることに、良太は最近気づいた。

廊下の最奥にある部屋につくと、獅子倉氏は鍵を取り出した。どうやら、二重扉になっているらしい。

「博物館みたい……」