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そこは、登りの線路と下りの線路のみの駅だった。

海神駅。良太がいつも通っている京成船橋の隣の駅である。素朴な京成線のなかでも、ひときわ質素な駅だ。

視界を遮るビルもなく、五月の空がやたらと青く感じる。

「こんなところに、本当に大富豪のお屋敷なんてあるんですか……?」

「ご心配なさらず。私についてきてください」

 電車を降りたルイは、襟元を整えると、長い足を繰り出し慣れた様子で歩き出す。

今日は、ネイビーストライプのベストスーツ姿だ。相変わらず、何を着てもどこを歩んでも、辺りの景色を浄化していく男である。

 小ぢんまりとした駅を抜けると、すぐに昔ながらの商店街が広がっていた。

少し行った先にある薬局屋の前に、大きな車が横付けされている。

黒塗りのベンツだった。ルイが良太を誘ってそちらに近づけば、中からスーツ姿の初老の男性が現れ、恭しく後部座席のドアを開けた。

「桐ケ谷様、お待ちしておりました」

 庶民的な商店街に、ベンツ、そして正装した運転手。

不釣り合いな情景に、良太はしばしの間頭が追い付けないでいた。

車に乗り込み、商店街を抜ければやがて住宅地に入った。

くねくねと道を行けば、ものの数分ほどで、緑の山の麓に壮大な洋館が姿を現す。

白亜の壁に、ルネサンス建築を思わせる支柱、丸みを帯びた屋根、まるで時代を間違えたかのような佇まいだ。

周りは松の木に囲まれ、和洋折衷な空気が趣を深めている。広大な敷地は、千坪はあるだろう。