沙也加と呼ばれた女性は、じわじわとパーソナルスペースを超えて、ルイに接近している。

自分の行動に微塵のためらいもない、堂々としたタイプの女性だ。モデル級の外見が、彼女をそうさせるのだろう。

「ルイさんこそ、今日も素敵よ。お店に閉じこもっているのがもったいないくらい」

「お褒めに預かり光栄です」

 プロポーション抜群の女性にしなを作られようと、ルイはいつも通りのルイだった。

その外見ゆえ、女性に過度に干渉されるのは慣れているのだろう。もしくは子供の頃から日常的にこういった接し方をされているから、当たり前だと思っているのかもしれない。

美麗な笑顔で、ルイは次々と客を迎え入れに行く。

 そんなルイを、頬を染めながらチラ見する女性客たち。

 思った通り、講座を受けに来る客のほとんどは、ルイを見るのが目当てのようだ。結局のところ世の中はイケメンが得をするようにできているのだなと、良太は白けた気持ちになる。

「あら、あの方は?」

 皆が皆ルイばかりを見ているものだから、カウンター後ろに待機していた良太がようやく存在に気づかれたのは、全員が揃ってからのことだった。

「先週から働いてもらっている、アルバイトの良太君です」

「ど、どうも」

 ルイの紹介を受けて良太がおずおずと立ち上がり挨拶をすれば、「よろしくね」「かわいい~」というお姉さま方の甘ったるい声が飛んでくる。

二十一にもなる男が『かわいい』などと上から目線で形容されても、嬉しいわけがない。

そのはずなのに、ちょっとだけ上機嫌になっている自分に気づいて、良太は慌ててブンブンと頭を振った。

 五人の生徒が揃えば、八人掛けのテーブルで、ルイによる食空間演出の講座が始まった。

 今日のテーマは、『シノワズリの魅力を楽しむランチ』だった。

 良太にしてみれば、何のことやらさっぱりだ。

「十七世紀、白磁技術のなかったヨーロッパの人々にとって、東インド会社を経て中国から運ばれてくる白磁器は憧れでした。やがて王族や貴族を中心に、中国趣味は大流行します」

 ぞくぞくと鼓膜をくすぐる美声が、流暢に講釈を垂れていく。

「シノワズリと呼ばれたその風潮は、中国とヨーロッパの芸術が融合した今までにない美を造り出し、上流階級の人々の目を愉しませました」