祖母の心からの『美味しかった』が聞けて二日後。
良太は閉店間際、『ボヌール・ドゥ・マンジェ』に足を運んだ。
「こんばんは~」
おずおずと店内に足を踏み入れれば、ルイは棚の前で高級そうなプレートを磨いている最中だった。
「いらっしゃいませ」
一日の終わりであろうと、タキシードは皺ひとつなく、顔色もつややかだ。バイトでヘロヘロの良太とは、大違いである。
「今日は、どういったご用件でしょうか?」
「いや、その。用があるとうわけではなく、用があるといったらあるんですけど……」
絢爛豪華な内装を前に、今からしようとしていることを急にためらい、良太はわけのわからない受け答えをしてしまった。
どうしよう。笑って誤魔化して、回れ右して帰ろうか。
「キュー!」
カウンター向こうから、愛らしい声がした。客のいない今、カーテンは開けられ、ゲージが丸見えになっている。
白チンチラのしろたんが、ゲージの隅に寄り、ひくひくと鼻を動かしていた。
「おや? しろたんが物欲しそうな目で見ていますね。何か、食べ物をお持ちですか?」
バレてしまった。観念した良太は、手に持っていたレンタルビデオ店のビニール袋から、百均で買ったプラスチック製の使い捨て容器を取り出す。
「これ、この間のお礼にと思って。すみません。僕、金ないんで、こんなことしかできなくて……」
中には、ほんのり焦げた黄色いものが、ぎゅうぎゅうに入っていた。
何事にも冷静なルイが、良太が差し出した使い捨て容器を前に、目を見開いて立ち尽くしている。
「卵焼き――ですか?」
「卵焼きです……」
やばい、ドン引きされた。マダム御用達のもとフランス料理店に、ひとり暮らしの男が作った卵焼きを持ち込むなんて、絶対見当違いだ。
「――いただきましょう」
ところがルイはそう答えると、容器を受け取り椅子に腰かけた。そして輪ゴムを外すと、端の一切れをつまんで口にする。
「それ、作ったばかりなんで、まだ熱いですよ」
男らしい美しさのある指先が卵焼きを直つかみする様子に、罪悪感を覚える。
良太が割りばしを入れとけば良かったと後悔しているうちに、ルイは手にした卵焼きを食べ終えてしまった。
そして、残りの卵焼きには手をつけようとはしない。