そして晩年、歩み寄ろうとしつつも、不器用さゆえに機会を失い、そのまま見果てぬ夢となってしまっていたとしたら。

こういうことを、運命の巡り合わせというのだろうか。

良太はこの街に来て、祖父の通ったこの店を訪れ、全く無意識のまま祖父の最後の心残りを叶えたのだ。

「……本当は、昔からちっとも変ってなかったのね」

 空の座席に語りかけながら、祖母があどけなく微笑む。

その目には今、亡き祖父の面影が映っているのだろう。

少女のようなその笑みは、良太が知っている祖母のものではなかった。

祖母としても母としてでもなく、ひとりの女性として、亡き夫の存在を意識しているのかもしれない。

「良ちゃん。まあ、なんであなたが泣いてるの?」

 祖母の傍らに膝を付いたままだった良太は、そこでようやく、自分の目に涙が浮かんでいることに気づく。

「泣いてなんか……」
 
仲が悪いとばかり思っていた祖父と祖母だけれど、本当はそうではなかった。

 祖父は祖父のやり方で、祖母を思いやっていた。

 悪いのは祖母を裏切った祖父であることには変わりないけれど、それでも祖父が今ここにいないことが無性に切なかった。不器用な思いだけを残して、彼はいなくなってしまったのだ。

 祖母はポケットからハンカチを取り出すと、優しく良太の目もとを拭った。

 目尻に皺の寄った目は、老年の女性のものとは思えないほどに、生き生きとして澄んでいる。

「ありがとう。こんなに素敵なお食事は久しぶり。とてもとても――美味しかったわ」

 オリエント急行の車窓の景色は、寄り添う良太と祖母を見守るように流れ続ける。列車は森を抜け、やがて赤銅色をした屋根の民家の連なる街並みに変わった。きっと、華のパリに近づいているのだろう。

六十年の時を経て蘇った祖母の思い出の食事は、味覚だけでなく、心の中までをも満たしてくれたようだ。