「ばあちゃん……」

「三十年も過去の過ちを引きずる奥さんなんて、嫌われて当然よね。あの人にはたくさん幸せをもらったし、あの人のおかげで暮らしていけたのに、私は何もあの人に返してあげなかったんだもの。最後のときですら、看とれなかった……」

 加速するオリエント急行が、再び祖母を過去に連れ戻す。

思い出の情景が、長年祖母の心にくすぶっていた想いを引きずり出す。

目の前にいるのは八十四歳の祖母ではなく、二十代であり、三十代であり、四十代であった、かつての祖母なのかもしれない。

 良太は、祖母の辛い気持ちに寄り添うように、傍らに膝をつき目を伏せている彼女を見上げた。

「ばあちゃんは悪くない。自分を責めないで」

 裏切りに時効などない。傷ついた想いは年月とともに薄まっても、一生消えることはないし、それどころか時折フラッシュバックしてじわじわと人を苦しめる。

祖母は自分の気持ちに忠実に生きただけだ。

「悪いのは全部じいちゃんだ。僕が言い切ってやる。ばあちゃんに、悪いところなんかひとつもない」

 もしも祖母を想うなら、何十年何百年かかろうと、祖父は祖母に歩み寄るべきだった。

亡くなってもなお祖母を苦しめる祖父は最低だ。

 良太の励ましにも、祖母は力なく微笑むだけだった。

 ダメだ、最悪だ。このままだと、祖母の苦しみを掘り返しただけで終わってしまう。

良太は、祖母に食事を楽しんでもらいたかっただけだ。『美味しい』と心の底から言って、幸せそうに笑う祖母を見たかっただけなのだ。

「ひとつ、この店の話をしてもよろしいでしょうか」

 突如、耳障りのいい声が落ちてきた。

 緊張の糸が切れたかのように、良太と祖母は我に返る。

 良太と祖母は、ほぼ同時に背後にいるルイを振り返った。

「この店は、三年前まではフランス料理店でした。もちろん、料理もお出ししていました。知る人ぞ知る名店で、常連のお客様もたくさんいらっしゃいました」

 何を突然、と思いつつも、良太はルイの話に引き込まれていく。この店のことをルイが語るのは、初めてだからだ。

「常連のお客様のひとりに、ある老紳士がいらっしゃいました。三年前、その方は店長の桐ケ谷にとあるオーダーをしました。然る女性をいつか連れてくるから、指定したメニューを作って欲しいと」

 ダークグレーの瞳の先には、祖母の向かいの席がある。