ジュレの最後のひと口を飲み込んだあとで、ナプキンで口もとを拭きながら、祖母は満足そうに目尻を下げた。

「こんなに美味しいものを食べたのは久しぶりだわ。これ、全部良ちゃんが作ったのね」

「……え? なんで分かったの?」

 個室の入り口で祖母の様子を見守っていた良太は、思いがけない祖母の反応にたじろぐ。

最後に教えて驚かせようと思っていたのに、先手を取られて拍子抜けしてしまった。

「分かるわ。あなたの料理には、真心があるの」

「真心……?」

「ええ。ホームの薄味に私が飽きているのを知っていて、少し濃いめに味付けしてくれてる。健康を害さない程度にね。昔からそうだった。あなたは人が食べたい味を、絶妙な味加減で、上手に引き出すの」

「そうかなあ……? あまり、深くは考えたことがなかったけど……」

 たしかに、長兄の顔を見て『辛めのものが食べたいんだな』とか、母の顔を見て『とびきり甘いものが食べたいんだろうな』とか漠然と思うことはあった。

けれども、特別意識して味付けをしてきたわけではない。

大仰に褒められて、良太は照れを隠すように頭を掻いた。昔も今も、良太を褒めてくれるのは祖母だけだ。

そのことが、良太を嬉しいような情けないような心地にさせる。

「私の自慢の孫よ。真っすぐで不器用で……」

 祖母の声が、低く沈んでいく。

「あの頃の主人によく似てる」

 ガタンゴトン。

時空を超えたオリエント急行の食堂車は、止まることなく進んでいく。

祖母が見つめているのは、向かいの座席だった。今は空席のそこには、六十年前は祖父が座っていたはずだ。

 今までの満足げな笑顔が嘘のように、祖母の表情が曇っていく。

良太は、はっとする。

まるで列車の動きに導かれるように六十年前のあの日に舞い戻っていた祖母の気持ちが、今に帰ろうとしている。

束の間の幸せのあとには、埋まらない溝を残したままに、祖父と死別した現実が待っていた。

 祖母の顔が、徐々に泣き顔になっていくのに気づいて、良太は慌てた。

 やはり、祖父との思い出はタブーだったのだ。

 責めるようにルイを見やったが、ルイは直立したまま、祖母の動向をうかがっている。

「……本当は、もうとっくに許していたのよ。浮気は、三十年も前のことだもの。でも、私のプライドがそれを許さなかった。だから、嫌われたの」

 絞り出された声は、祖母の声ではないかのようだった。