「それから、1960年当時、“オリエント急行”と名のつく列車は多数ありましたが、話されていたルートから察するに、おばあさまが乗られたのはシンプロン・オリエント急行で間違いないでしょう。当時のシンプロン・オリエント急行の運行ルートは、ロンドンを出発し、パリ、ローザンヌ、ミラノ、ヴェネチア、サンタルチア、イスタンブールと続きます。おばあさまは、ヴェネチアで下車されたようですね。同じルートの列車の車窓からの景色を入手して、壁に投影しましょう。他に、何かご要望はございますか?」

「……いえ、充分です」

 ここまで綿密に計画を練られたら、冷え切った晩年の夫婦関係に心乱す余裕すらなく、本気で喜んでくれるような気がしてくる。

「でも、食器とかどうやって用意するんですか? よくわからないんですけど、きっとオリエント急行で使われている食器って高いですよね」

 しかも、予算があればどうにかなるけれど、無報酬の案件だ。

「あらゆる食器を豊富に取り揃えている洋食器店に、屈強なコネがありますので、ご安心を」

「屈強なコネですか、なるほど。あ! そういえば……」

 肝心なことを見落としていたことに、良太は今更気づいた。

「料理、どうしたらいいですか? このお店、料理は出ないんですよね?」

 ここがレストランではなく食空間演出の専門店だということは、もう分かっている。けれども、外観内装ともにどう見てもレストランなので、どこかから料理が出てくるのではないかと期待してしまう。

 それこそ屈強なコネを利用して、三ツ星ホテルのシェフに力を貸してもらうなどできないのだろうか。

 ところがルイは、真っ向から良太の期待を裏切った。

「残念ながら、私がサポートできるのはここまでです。当店では、料理はご用意できません」

「そうですか……」

 料理人は、自分で用意しろということか。

 良太の知り合いに、もちろんシェフなどいない。シェフを雇うお金もない。そもそも、料理人などどうやって雇ったらいいのかも分からない。

「ご提案なのですが」

 思い悩んでいると、ふとルイが言った。

「君が作ってはどうでしょう?」

「えっ!?」

 考えもしなかった選択肢を示されて、良太は目を白黒させた。

「君は料理上手だと、おばあさまが言われていました」

「たしかに、料理は好きだけど……」