嚥下に問題を抱えた今となっては、祖母はあの頃のようにフランス料理のフルコースを楽しむことができない。残酷な現実が、彼女を傷つけたのだろう。

 けれども良太は、祖母の様子が突如変わったのは、それだけが原因ではないことに気づいた。

 祖母はオリエント急行の食堂車での出来事を思い出すと同時に、祖父の幻影にとらわれたのだろう。

列車内で食事をしている祖母の視線の先には、カメラを手にした若かりし日の祖父がいたはずだからだ。

 祖父は友人の妹である祖母に一目ぼれして熱烈にアプローチしたと、良太は母から聞いたことがある。

口数は少ないけれど優しい祖父を祖母が受け入れるのに、時間は掛からなかったそうだ。

見合い結婚が多かった時代、恋愛の末結婚に至った写真の中の若いふたりは、まさに幸せの絶頂期にいた。

 けれども、良太の知る限り、祖父と祖母は決して仲がよくはなかった。

そもそも晩年の祖父は千葉市の家にほとんどおらず、良太は祖父と祖母が一緒にいるところを一度も見たことがない。

 六十年近く連れ添った夫婦とは思えないほどに、ふたりはぎくしゃくとしていた。

祖母はいつも祖父の話を避けたがるし、良太は祖父が祖母をどう呼んでいたのかすら知らない。

もちろん、祖父の口から祖母の話を聞いたこともない。年が年だけに、離婚という選択肢がないだけのような、枯渇しきった関係だった。

 ふたりの間に、何があったのかは知らない。長年連れ添ううちに相性が悪いことに気づいたのか、それとも何かの出来事をきっかけに仲たがいしてしまったのか。

気にはなるが、祖父が亡くなった今となっては、祖母の平穏のためにも触れないでおくことが一番だと思っている。