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最寄り駅で降り、停めていた自転車に跨ろうとすると、小さな蜘蛛がハンドルとサドルの間に糸を引いていた。

今日のシフトは、朝九時から夕方五時。八時間ちょっと静止していただけで、蜘蛛はこの場所が最適な住み家と判断したらしい。

「もっと他に、いい場所なかったのか……?」

薄茶色の頭をガシガシと掻いて悩んだ挙句、良太は自転車を置いて帰ることにした。

動かしてしまえば、彼(彼女?)の努力を台無しにしてしまうからだ。歩いたところで、自宅までは二十分の距離だ。

お人よしを通り越したただのバカだと、自分でも思う。けれども幼い頃から知らず知らず染みついたこの性格を、今更変えることの方が難しい。

「しばらくは、徒歩通勤かなぁ」

使い込んだカーキのリュックを肩にかけ直し、暮れゆく駅前の通りをぼやきながら歩き出す。京成線の線路沿いに進めば、やがて良太の自宅だ。

線路わきに植えられた桜並木は、そろそろ見ごろの終わりを迎えようとしていた。

踏切の向こうに、蔦の絡まった薄ピンクのボロアパートが見えた。家賃三万、風呂なし、トイレなし。このご時世、ここまで悪条件の住処に住んでいる二十一歳も珍しいだろう。

カンカンカン……と遮断機が鳴り、良太は踏切前で足を止めた。