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『Bonheur de manger(ボヌール・ドゥ・マンジュ)』。
それが、この店の名前らしい。
意味は、フランス語で『食べる幸せ』だ。
老人ホームを出るなり、その足で踏切前の茶色い洋館を訪ねた良太は、看板の筆記体をスマホで検索して、その読み方と意味を知った。
複数の女性を相手に食空間演出の講座中だったルイは、生徒が全員帰宅したのを確認してから、店の隅で待機していた良太の話を聞いてくれた。
「なるほど。おばあさまの食事が美味しくなるよう、食空間を演出して欲しいとのことですね」
「ミキサー食を美味しくするなんてこと、本当にできますか……?」
おずおずと問いかける良太。今日も漆黒のタキシードをビシッと着こなしたルイは、ダークグレーの瞳を細めた。
「料理の味そのものを変えることはできません。ですが、以前も申しましたように、食空間演出によっておばあさまの『美味しい』という感情を呼び起こすことはできます」
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます! ところでその、お金のことなんですが……」
先日会ったマダムにしろ、先ほどまで講座を受けていた女性たちにしろ、ここを訪れる人々はどう見てもお金には困っていない層ばかりだ。かかる金額もそれなりに違いない。
すると、ルイは良太を安心させるかのように、優しく言った。
「しろたんを救ってくださったお礼です。あなたから金銭を受け取るつもりはございません」
「え、いいんですか?」