涙がとめどなく流れた。

『美味しい』を知らなかった自分が、不幸だったことに気づかされたからだ。

 震えるルイの肩をやさしくたたいて、おじさんは――桐ケ谷は言った。

『大丈夫だよ、ルイ君。君なら大丈夫だ。この先君は、人の何倍も幸せになるのだから』

 桐ケ谷のためなら、何にだってなってやると思った。

 桐ケ谷が店の繁栄を望むなら、それ以上にしてやる。

 一流のシェフになることを自分に望むなら、もっと上を目指してやる。

 けれども、料理の修業をはじめたルイは、早くも超えられない壁にぶち当たった。

 味覚障害。

 味覚は探知できるが、再現する能力が欠如しているという類のものだった。

それも、かなりの重症の。

 生まれ育った特異な家庭環境が、災いしたらしい。

 治る可能性もあるが、治らない可能性の方が高いと医師に言われた。

 シェフを志す者としては、致命傷だ。