あるとき、スーツ姿の男性がルイに会いに来た。
笑い皺が印象的な、真っ黒な口髭を携えたおじさんだ。
ルイはその日から、彼の家に住むことになった。
おじさんは、フランス料理のシェフだった。
誰もが幸せそうに食べている高級料理も、ルイにはチャーハンやカップラーメンと同じ味がした。
異変が訪れたのは、おじさんの家に住んで一か月後のことだった。
新しい小学校での運動会。
いつもタキシードを着ているおじさんは、フラミンゴのワンポイントが入ったピンクのポロシャツに、薄紫色の大きな風呂敷包みを抱えてルイの前に現れた。
三段の漆の重箱には、おかずがぎっしり詰められていた。
一段目には、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、鮭の塩焼き、ポテトサラダ。
二段目には、筑前煮と、卵焼き。
そして三段目には、綺麗に並んだ俵型のおむすび。
おそるおそる、ルイは卵焼きに箸をつけた。
あったかくて、ふんわりしていて、とろけるように甘くて。
目の前には、笑い皺を深めたおじさんの笑顔。
――その瞬間、ルイは生まれてはじめて食べ物を『美味しい』と感じた。