「由美様」

 いつの間にか、重箱は空になっていた。

ルイが一段一段を丁寧に積み上げ、もとの形に戻しながら俯く由美を呼んだ。

「漆は、時とともに美しく姿を変えるのをご存知でしたか?」

 由美はわずかに顔を上げ、唐突なルイの問いにかぶりを振る。

「漆の場合は、古いものに重きが出るアンティークとは、意味合いが異なります。時が経てば経つほど、使い込めば使い込むほど、木目の柔らかさが際立って生まれたときよりも美しくなるのです」

「時とともに……ですか」

「そうやって年月とともに風合いが出るのは、人も同じです。人は、ずっと同じではいられない。傷つけば傷つくほど、孤独を感じれば感じるほどに、清く美しく変わっていくものだと私は考えています」

 由美の視線がルイをとらえ、それから俊哉に移動した。

 良太は知っている、毎日のようにこの店に宅配便を届けてくれる俊哉を。重い荷物の場合は、気遣って手助けもしてくれる。

次の配達があるのに、そこまでしてくれる配達人も稀だ。

 過去の彼は知らないが、今の彼は真面目だ。

 失った家族の尊さが、彼を変えたのかもしれない。

 ――何度も洗われ、すり減り、ときには傷つき、風合いを増した漆のように。

 膝の上で拳を握り、由美はしばしの間逡巡しているようだった。

 けれども自分を期待の眼差しで見つめる娘と目が合うと、小さく息を吸い込む。

「明日は、八時半開始です……」

 言葉を詰まらせながら、由美が俊哉に告げた。

「お昼の時間は、十二時前から……」

「ママ……」