「そういえば陽菜ちゃん、明日運動会だったっけ? 先週末、雨で延期になったから」

 思い出した良太が言った。明日のために、陽菜は頑張って沖縄の踊りを練習してきたのだ。

「うん、そうなの」

 楽しそうにしていたはずの陽菜の顔が、いつしか泣きそうに歪んでいる。

「陽菜の家に、こんな大きなお弁当箱はもうないけど。おばあちゃんちに置いて来ちゃったから」 

「陽菜……」
 娘を呼ぶ由美の声が、震えている。

 陽菜が何を望んでいるのかを悟ったのだろう。

 大きなお弁当箱のある運動会。それはすなわち、家族で過ごす運動会を意味している。

「これが、陽菜様が心から『美味しい』と思える食空間でございます」

 ルイが、言葉を添えた。

 良太は、はっと前を向く。

『美味しい』という気持ちは、さまざまな感覚が絡んで、最終的に味覚に響くことによって生まれる。

単純な料理の腕だけではない、奥深い感覚だ。

 それは例えば、視覚、嗅覚、触覚、聴覚、そして安らぎ。