「でも……」
「これ以上、私たちの生活をかき乱さないで!」
しいん、と辺りが静まり返った。由美の決意は、揺らぐ気配がない。
いつも明るく笑っている彼女は、大変な日々を潜り抜け、シングルマザーとして生き抜く決意をコツコツと積み上げてきたのだろう。
積み上げた地盤を崩そうとするものを、容赦なく断絶する勢いがある。
「由美様」
今の今まで黙って事の成り行きを見守っていたルイが、満を持して由美を呼んだ。
耳に心地のよいその声は、穏やかだけれど、何者にも有無を言わさぬ強さを潜めている。
「とりあえず、座ってはくださいませんか?」
「嫌です、この人の前に座るのは」
「本日は、陽菜様の食欲不振のご相談で、食事の席をもうけさせていただきました。陽菜様のために最高の食空間をご用意していますので、ほんの少しだけ付き合ってはくださいませんでしょうか」
非の打ちどころのない美麗な笑顔が、殺伐とした場の空気を塗り替えていく。
顔をしかめながらも、由美がぐっと息を呑んだのが、良太には分かった。
本心は、今すぐにでも陽菜を連れてここから抜け出したい。けれども世話になっているルイの手前、それをするのも憚られる。そんな顔だった。
「ルイさんがおっしゃるのなら……」
しぶしぶと言ったように、由美が俊哉の対角方向にある椅子に近づいた。
ルイがすかさず椅子を引けば、遠慮がちに腰かける。
母に倣って、陽菜もその隣に移動した。
「陽菜様も、どうぞ」