「はじめて学校帰りの陽菜と仕事中に会っとき、『おなかが空いた』って言っててさ。コンビニで肉まんやからあげを買ってあげたのがきっかけで、毎日陽菜のために食べ物を買って用意しておく癖がついてしまったんだ」

 宅配の仕事中、下校中の陽菜ちゃんとすれ違う一瞬が、俊哉にとっては離れ離れになってしまった娘と会える唯一の時間だった。

俊哉は娘の笑顔を見たいがために、あらかじめコンビニでおにぎりやお菓子なんかを用意して、下校中の娘に渡していたのだ。

良太が俊哉を不審者と勘違いした日も、俊哉は陽菜に差し入れを渡そうとしていたらしい。

けれども由美の仕事が早く終わる日は、陽菜は袋を受け取らなかった。受け取ってしまえば、父に会っていることがバレてしまうからだ。

だから陽菜が俊哉から差し入れを貰った日、つまり由美の仕事が遅くなった日は、陽菜はお腹いっぱいでご飯を食べられなかった。

『ボヌール・ドゥ・マンジェ』に通うようになってから陽菜の食べムラが止んだのは、俊哉が差し入れを渡す機会を失ったからだ。

「そんなことより……、どうしてあなたがここにいるの?」

 由美の表情が、見たこともないほど険しくなっていく。

「由美と陽菜が心配で、半年前に松戸からこっちに引っ越したんだ」

「半年も前に……。たしかに、陽菜が全く夕食を食べなくなる日がでてきたのも、その頃からだわ」

 由美が、重いため息を吐く。嫌悪感溢れる顔からは、俊哉のことを忌み嫌っているのが伝わってきた。

 そんな由美を見て、陽菜が今にも泣きそうになっている。

 俊哉と会っていることを由美に言えなかったのも、由美が俊哉を嫌っているのが分かっていたからだろう。

知られたら母親を悲しませるし、父親にまた会えなくなる可能性も出てくる。

 先日、『ボヌール・ドゥ・マンジェ』でたまたま俊哉と鉢合わせ、動揺からしろたんを絨毯の上に落としてしまったのも、自分と父親の関係がバレることを懸念してのことだった。

おそらく、俊哉の方でも何らかの動揺を見せていたに違いない。

 良太は全く気づかなかったけれど、ルイはふたりの違和感に気づいた。

さらには陽菜を尾行していた不審者が、俊哉と同じグレーのボーダー服を着ていたことを思い出した。

そしてふたりの顔が似ていたのが、最終的な決め手となったようだ。

だから運送会社に問い合わせ、俊哉にアポイントメントを取ったというわけだ。