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その週の土曜日、手筈はどうにか整った。
由美のパートも陽菜の学校も休みだけれど、夜八時にふたりを『ボヌール・ドゥ・マンジェ』に呼んでいる。
すっかり夜が更けこんでから、由美と陽菜が連れ立って店に姿を現した。
「ルイさん、りょーた、こんばんは!」
「こんばんは」
夜の外出というイレギュラーな出来事にノリノリの陽菜に対し、由美は不審さを拭えていない表情だ。
『陽菜の食欲不振はまだ治っていない』とルイが由美に知らせたのは、昨日の夕方だった。そして完全に治すために、今日この時間店に来るよう依頼した。
店に来れば全てが分かるからと、多くは伝えていない。だから、由美が不審に思うのも当然のことだ。
それでもこの計画は、詳細を教えずに進める必要性があった。
全てを知ってしまえば、由美はおそらく『ボヌール・ドゥ・マンジェ』に来ることを拒否するからだ。
「いらっしゃいませ」
ルイはいつも通り漆黒のタキシードをビシッと着こなし、美麗な笑顔でふたりを出迎える。
「あの、それで陽菜の食欲不振の原因は何だったのですか? ひとりにして寂しい想いをさせていたからではないのでしょうか?」
さっそく、由美がルイに質問を始める。
「寂しさも一因ではありますが、陽菜ちゃんが食事に全く手をつけなかった日があったことには、直結していません。もっと単純なことが原因だったのですよ」
「単純なこと、ですか?」
いつも明るさにみなぎっている由美の顔が、不安げに歪む。
「はい。陽菜ちゃんは、ご飯をすでに食べていたのです」
「……え?」
まったくもって、予想外の返事だったのだろう。由美が、きょとんと表情を凍らせる。
「自宅で夕食を食べる前に、陽菜ちゃんはもうご飯を食べていたのです。だから、お腹いっぱいで食べられなかったのです」
もう一度、ルイが言った。
「もう食べていたって、いったいどこで……」
声をかすれさせながら、由美が陽菜を見た。
全てが明るみになりかけていることに気づいたのだろう。
陽菜が真っ青になり、プルプルと頭を振った。
「ごめんなさん、ママ。ごめんなさい……!」