5

 その週の土曜日、手筈はどうにか整った。

 由美のパートも陽菜の学校も休みだけれど、夜八時にふたりを『ボヌール・ドゥ・マンジェ』に呼んでいる。

 すっかり夜が更けこんでから、由美と陽菜が連れ立って店に姿を現した。

「ルイさん、りょーた、こんばんは!」
「こんばんは」

 夜の外出というイレギュラーな出来事にノリノリの陽菜に対し、由美は不審さを拭えていない表情だ。

『陽菜の食欲不振はまだ治っていない』とルイが由美に知らせたのは、昨日の夕方だった。そして完全に治すために、今日この時間店に来るよう依頼した。

店に来れば全てが分かるからと、多くは伝えていない。だから、由美が不審に思うのも当然のことだ。

 それでもこの計画は、詳細を教えずに進める必要性があった。

 全てを知ってしまえば、由美はおそらく『ボヌール・ドゥ・マンジェ』に来ることを拒否するからだ。

「いらっしゃいませ」

 ルイはいつも通り漆黒のタキシードをビシッと着こなし、美麗な笑顔でふたりを出迎える。

「あの、それで陽菜の食欲不振の原因は何だったのですか? ひとりにして寂しい想いをさせていたからではないのでしょうか?」

 さっそく、由美がルイに質問を始める。

「寂しさも一因ではありますが、陽菜ちゃんが食事に全く手をつけなかった日があったことには、直結していません。もっと単純なことが原因だったのですよ」

「単純なこと、ですか?」

 いつも明るさにみなぎっている由美の顔が、不安げに歪む。

「はい。陽菜ちゃんは、ご飯をすでに食べていたのです」

「……え?」

 まったくもって、予想外の返事だったのだろう。由美が、きょとんと表情を凍らせる。

「自宅で夕食を食べる前に、陽菜ちゃんはもうご飯を食べていたのです。だから、お腹いっぱいで食べられなかったのです」

もう一度、ルイが言った。

「もう食べていたって、いったいどこで……」

 声をかすれさせながら、由美が陽菜を見た。

 全てが明るみになりかけていることに気づいたのだろう。

陽菜が真っ青になり、プルプルと頭を振った。

「ごめんなさん、ママ。ごめんなさい……!」