由美の相談とは、つまり陽菜の食べムラに関してだろう。

「どうして急に?」

それは、またあとでお話しします。そう小声で言うと、ルイはそれ以上そのことについては言及しなかった。近くに、陽菜がいるからだろう。

小一時間ほどして、由美が陽菜を迎えに来た。

しろたんを落としてしまったことがまだ尾を引いているのか、陽菜はいつもより口数が少ないまま、由美に連れられて大人しく帰って行った。
 
「さて、良太君」

 ふたりだけになった店内で、ルイが改まったように声を出す。

「陽菜様の食べムラを完全に治すために、私はこれからあるところにアポイントメントを取ります」

「アポイントメントですか? いつものように、食器やテーブルウェアを揃えるんじゃなくて?」

「食空間演出は、食器やテーブルウェアの力によるものだけではございません。一番大事なポイントは、もっと別のところに存在します。今回の場合は、少々荒療治になりますが」

「はあ……」

 大事なポイントと、そのアポイントメントとやらに、いったいどういう関係があるのだろう?

 さっぱり分からず良太が口をへの字に曲げていると、「それから……」とルイの瞳が良太を真っすぐとらえた。

「あなたにも協力してもらいます」

「僕ですか? でも、僕にできることなんて……」

「あるでしょう」

 ルイが、ダークグレイの瞳に力を込めた。

「あなたしかできないことです」

 良太は、目を見開いた。他の人にはできて、自分にはできないことならたくさんある。

例えば勉強、社交的なコミュニケーション、他人に一目置かれること。

そんな人生を送ってきたから、“あなたにしかできない”と言われても、まったくピンとこない。

「ルイさんにできなくて、僕にできることなんてないですよ」

 またまた冗談を、という風に良太は愛想笑いではねのける。

 するとルイは微笑を消して、綺麗な顔で問いかけてきた。

「この店の入り口に貼ってある貼り紙を覚えていますか?」

「貼り紙? ああ、『当店では、料理は提供いたしてしておりません』ってやつですか?」

 ここが、食空間演出の店ゆえの注意喚起だろう。今まで、レストランと勘違いされて入られたことが幾度もあったに違いない。

「元レストランなら、余計に間違える人多そうですね」

 しみじみと言えば、よくできましたと言わんばかりにルイが頷いた。