父が病院の医院長、母が看護師長である良太を育ててくれたのは、この祖母だった。
特に良太は、ふたりの兄のように勉強に没頭することもなく、四六時中祖母にぴったりとひっついていたおばあちゃん子だった。
家を飛び出した際、祖母の傍に移り住むことを決めたのは、おばあちゃん子ゆえの性(さが)だろう。
特に、毎日のように祖母と一緒に夕食を作ったのは、良太にとって忘れがたい思い出だ。
祖母の笑顔と、香ばしい料理の匂いと、立ち昇る湯気に包まれている時間が好きだった。
医師家系の息子が、宿題すらせずに料理に勤しむなど奇妙な話だが、祖母はそれを許してくれた。
それどころか、『良ちゃんは料理上手ね』とたくさん褒めてくれたのを覚えている。
祖母と話に花を咲かせていると、ドアを軽くノックされた。僅かにドアが開かれ、ホームのスタッフが顔を覗かせる。
「八神さん、そろそろお昼ごはんです。食堂にお越しください」
「分かりました。あら、もうそんな時間?」
良太も、腕時計を確認する。
ちょうど正午、いつの間にか二時間近く話し込んでいたらしい。
「良ちゃんといると、時間が経つのがあっという間ね」
「ばあちゃん、僕も一緒に食堂行くよ。ドアの横にあった車椅子持って来ようか?」
「ありがとう。でも、良ちゃんのお陰で今日はとても調子がいいわ。歩いて行きましょう」
今年で八十四歳になる良太の祖母は、四年前腰を疲労骨折したのが原因で、歩行が難しくなっている。
さらにその数カ月後、食道がんが見つかり、手術のための長期入院をきっかけに、時折車椅子を使うようになっていた。
居室内であれば杖歩行でどうにかなるが、居室外は車椅子がないと難しい。
良太は、杖をついて歩く祖母に付き添いながら食堂へと向かった。掃き出し窓から花々の咲き誇る庭園が一望できる食堂は、開放的な造りだ。
天井も壁も温かな木目調で、建設者のこだわりがうかがえる。けれども、機能性を重視したテーブルや椅子はいかにも病院の備品といった装いで、ここが老人ホームであることを否が応にも良太に思い出させた。
食堂の入り口に銀色のワゴンが停まり、スタッフたちがトレイに乗った食事を、名札を確認し加々良配膳しはじめた。
お年寄りは、患わっている病気や嚥下の具合によって、食事の形態がひとりひとり異なる。
特に良太は、ふたりの兄のように勉強に没頭することもなく、四六時中祖母にぴったりとひっついていたおばあちゃん子だった。
家を飛び出した際、祖母の傍に移り住むことを決めたのは、おばあちゃん子ゆえの性(さが)だろう。
特に、毎日のように祖母と一緒に夕食を作ったのは、良太にとって忘れがたい思い出だ。
祖母の笑顔と、香ばしい料理の匂いと、立ち昇る湯気に包まれている時間が好きだった。
医師家系の息子が、宿題すらせずに料理に勤しむなど奇妙な話だが、祖母はそれを許してくれた。
それどころか、『良ちゃんは料理上手ね』とたくさん褒めてくれたのを覚えている。
祖母と話に花を咲かせていると、ドアを軽くノックされた。僅かにドアが開かれ、ホームのスタッフが顔を覗かせる。
「八神さん、そろそろお昼ごはんです。食堂にお越しください」
「分かりました。あら、もうそんな時間?」
良太も、腕時計を確認する。
ちょうど正午、いつの間にか二時間近く話し込んでいたらしい。
「良ちゃんといると、時間が経つのがあっという間ね」
「ばあちゃん、僕も一緒に食堂行くよ。ドアの横にあった車椅子持って来ようか?」
「ありがとう。でも、良ちゃんのお陰で今日はとても調子がいいわ。歩いて行きましょう」
今年で八十四歳になる良太の祖母は、四年前腰を疲労骨折したのが原因で、歩行が難しくなっている。
さらにその数カ月後、食道がんが見つかり、手術のための長期入院をきっかけに、時折車椅子を使うようになっていた。
居室内であれば杖歩行でどうにかなるが、居室外は車椅子がないと難しい。
良太は、杖をついて歩く祖母に付き添いながら食堂へと向かった。掃き出し窓から花々の咲き誇る庭園が一望できる食堂は、開放的な造りだ。
天井も壁も温かな木目調で、建設者のこだわりがうかがえる。けれども、機能性を重視したテーブルや椅子はいかにも病院の備品といった装いで、ここが老人ホームであることを否が応にも良太に思い出させた。
食堂の入り口に銀色のワゴンが停まり、スタッフたちがトレイに乗った食事を、名札を確認し加々良配膳しはじめた。
お年寄りは、患わっている病気や嚥下の具合によって、食事の形態がひとりひとり異なる。