「たしかに、重箱は置き場所に困るよね」

 だから、陽菜は沙也加に一番好きなお弁当箱を聞かれたとき、重箱と答えたのだろう。陽菜にとって重箱は、もう手もとにない憧れの存在なのだ。

「そうなの。陽菜んち狭いから、しょうがないことなの」

 どことなく寂しそうに重箱を眺めている陽菜を、ルイがじっと見つめている。

ダークグレーの、人形目(ドール・アイ)の奥が、微かに揺らいだ。良太は彼が何かを閃いたときにその眼差しをすることを、もう知っている。

「こんばんは。いつもありがとうございます」

 ドアが開き、由美が顔を覗かせた。駅から走ってきたのだろう、髪は風に吹かれた形のままになっていて、息も荒い。

「ママ!」

 抱き着いてきた陽菜を、由美が力いっぱい抱きしめる。

「ちゃんと、いい子にしてた?」
「うん」
「ルイさんに迷惑かけていない?」
「とてもいい子でしたよ」

 陽菜の代わりに、今度はルイが答えた。

「帰る前に、しろたんにバイバイしてくるね!」
「わかったわ」

 カウンター向こうのケージのもとへ駆けて行く陽菜を見送ると、由美は改めてルイに頭を下げた。

「本当に、毎日ありがとうございます。悩んでいたあの子の食べムラも、ここに来るようになってから、ピタリと止んでるんです」

「あの症状、治ったんですか?」

 良太が驚けば「そうなの!」と由美は顔を綻ばせた。

「もしかしたら、少しの間とはいえ一人にさせていたことが、あの子の精神的苦痛になっていたのかもしれません。だからここに来て皆さんと過ごすようになって、治ったんだと思います」

「本当に、治ったのですか?」

 ルイが、静かに由美に問いかけた。

「ええ。こちらでお世話になった日から昨日まで、毎食きっちり間食しています」

 由美は心から喜んでいるようだが、眉根を寄せたルイの表情から、彼が腑に落ちていないのが良太には分かった。

「……そうですか。でしたら、よかったです」

 言葉とは裏腹に、笑顔もどことなく不自然だ。

 案の定、由美と陽菜が店を去っても、ルイは入り口前に立ち尽くしたまま何かを考え込んでいた。

「ルイさん、どうしたんですか? 何かおかしなところがありましたか?」

 たまらず良太が話しかければ、ルイはようやく顔を上げこちらを振り返る。