驚いた陽菜が前に向き直ると、男は逃げるように角を折れて良太の視界から消えた。
「今の人に、何か話しかけられたの……?」
大急ぎで陽菜の前まで走った良太は、息せき切りながら問いかけた。
男が曲がった小路を確認しても、人影はない。もうどこかに行ってしまったのだろう。
知り合いなら逃げる必要はないはずだから、不審者の可能性が高い。そもそも、動きもコソコソとしていて怪しかった。
「……ううん」
陽菜は、青い顔で小さく首を振っていた。
彼女も、身の危険を感じていたのだろう。
知らない人には気をつけろと、学校でも再三注意を受けているに違いない。
あまりにも口数の少ない陽菜に違和感を覚えた良太は、はっとした。
「もしかして……。あの男の人につけられたの、今日が初めてじゃないとか……?」
陽菜が、怯えたように良太を見上げる。そしてますます顔を青くして、うつむいてしまう。
よからぬ予感が、良太の脳裏を過った。
もしも怖い想いをしながらも、夜遅くまで頑張って働いている由美に気を遣って、言い出せずにいたとしたら――。
これは、危険だ。危険すぎる。
「陽菜ちゃん、とにかくお店に行こう」
良太は陽菜を背後に隠すようにして『ボヌール・ドゥ・マンジェ』へと急いだ。