良太を見定めるなり、祖母は皺の寄った顔を嬉しそうに綻ばせた。

「良ちゃん、また来てくれたの?」

「ばあちゃん、調子はどう?」

「とても元気よ、いつもありがとう。良ちゃんこそ、新しい生活には慣れた?」

「まあまあかな」

「この街はどう? 気に入った?」

「道が狭いのが気になるし、あちこち道の真ん中に松が生えているのも気になるけど、僕はこの街好きだよ」

「そう、それは良かったわ」

良太が千葉の外れ、少し行けば都内に足を踏み入れるこの街に引っ越してから、まだ一カ月も経っていなかった。

少し前までは、生まれてからずっと、実家のある千葉市に住んでいた。

実家は、千葉市内で病院を経営している。八神家は、祖父、父、長兄が医師であり、次兄も現在研修医という、生粋の医師家系だ。

三男である良太も例外なく、医師になる道を歩もうとしていた。

けれども、三浪しても、医学部の箸にも棒にも掛からなかった。理由は単純明快、兄たちのように賢くないからだ。

八神家の人間は、代々難関医学部に現役合格している。良太だけが、トンビが鷹を生んだならぬ、鷹がトンビを生んだ状態で、居心地が悪いことこのうえなかった。

逃げるように家を飛び出したのは、三回目の受験に失敗した数日後だ。

とはいえ、あと一歩のところで不合格になり、悔しさから意気消沈したというわけではない。

そもそも三年も人より余分に勉強したというのに、どの医学部も合格判定には程遠い学力だったため、もう無理だと心が悲鳴をあげたのだ。

市川市にある老人ホームに入所中の祖母を追いかけるように移り住み、貯金でどうにか住める住居を見つけた。

そして今は、何の未来も見えないままに、レンタビデオ店のアルバイトで細々と食いぶちを稼いでいる状態である。

「ところでばあちゃん、不思議なレストランを見つけたよ。そこは、どう見てもレストランなのに、料理が出ないんだって」

「まあ、面白そうなお店ね」

「おまけに、モデル級のイケメンが、最高のもてなしをしてくれるんだ」

「あら。それはぜひ行ってみたいわ」

 皺の刻まれた目尻を下げて、ふふふ、と祖母は笑った。

幼い頃から、繰り返し良太に安心をくれた笑みだ。