「八神君、昨日はありがとね!」
翌朝のレンタルビデオ店。良太が返却されたDVDを棚に戻していると、同じく返却DVDを手にしながら近寄ってきた由美が、小声で言った。
朝のレンタルビデオ店は来客があまりいないため、スタッフは基本掃除や棚整備などの雑務に徹している。
「陽菜、すごく楽しかったみたいでね。今日もさっそくまた『ボヌール・ドゥ・マンジェ』に行きたいって言ってるの。私今日六時まで仕事なんだけど、ちょっとだけいいかな?」
「全然いいですよ! 僕、陽菜ちゃんが来るの店の前で待っときますね」
むしろ、気軽に来たいと行ってくれて嬉しい。
由美も昨日店の様子を知って、警戒心が解けたようだ。
「ありがとう、助かるわ。それでね、ちょっと相談なんだけど……」
業務に支障が出ないよう、辺りの様子を伺いながら由美が声を出す。
幸い、今は店内に一人も客がいない。
「何ですか?」
「陽菜がね、最近全く晩御飯を食べない日があるの。大好きなハンバーグやエビフライでも、まーったく手を付けようとしないの。食べる日は食べるんだけど、食べない日は全くのゼロ! 一日中学校で過ごしてお腹空かせてるはずなのに、おかしいと思わない?」
「病院には行ったんですか?」
「何件か梯子したんだけど、体には異常がない、心配するなって言われるだけなの。でも、やっぱり心配で」
「そりゃそうですよね」
いつも快活なのが嘘のように表情を曇らせる由美から、彼女がこのことにひどく頭を悩ませているのが伝わってくる。
子供の些細な変化を、親は如実に感じ取るものなのだろう。それは他人はもちろん、ときには医師にさえ読み取れない、独自の危険信号なのかもしれない。
「それでね、昨日ルイさんの話を聞いて、食環境を変えたらもしかしたら毎日きちんと食べてくれるんじゃないかって考えたの」
「なるほど。それはあるかもしれませんね」
食事を形作る環境というものがどれほど大事かを、この一ヶ月、良太は学んだ。食欲は、食空間に大きく左右される。
「ルイさんに、相談してみましょうか? ルイさんなら、陽菜ちゃんの様子を見れば、ベストな食空間を作り出してくれるかもしれません」