医師と看護師を両親に持つ良太も、家に帰ったら両親がいない生活は当たり前だった。

けれども良太の場合は、いつだって優しい祖母が出迎えてくれた。

それでもときどき寂しく思うことがあったから、帰宅後をひとりで過ごすことが多い陽菜は、もっと孤独に違いない。

唇を引き結び、黙って大人たちの会話が終わるのを待っている陽菜を、良太はちらりと見やる。

子供の自分には言葉を挟む権利なんてないと思い込んでいるかのような表情だ。母が自分のために頑張っているのを、幼いなりに分かっているのだろう。

「陽菜ちゃん」

 気づけば、良太は陽菜と目線が並ぶように膝を折っていた。

「僕、そこのお城みたいなお店でバイトしてるんだ」

「え、そうなの?」

 反応したのは、陽菜ではなく由美の方だった。

「あの、イケメン店主がいるっていうレストラン? 小学校のママ友が噂してたわ」

「あ、はい。厳密には、レストランではないんですけど……」

 ほぼ店内にこもりきりなのに、ルイの美貌は地域の人には周知の事実らしい。同時に、女性たちのイケメン情報網にも感心する。

 良太は、由美から陽菜へと視線を戻した。

「あそこのお店には、すっごくかわいいチンチラがいるんだ」

「……チンチラってなに?」

 陽菜が、初めて良太に口をきく。

「ちょっと大きめのネズミだよ。白くて、目が真ん丸で、ボールみたいにふわふわしてるんだ。よかったら、今度見に来ない? 陽菜ちゃんが見たいなら、お店の人に聞いてみるよ」

 由美のシフトが六時までで、良太が五時までの日もある。そんなときは、一時間くらい一緒にいてあげたいと思った。

異国のような内装のレストランで、白くてふわふわのもふもふに癒されれば、陽菜も孤独を感じずに済むかもしれない。

「……抱っこできる?」

「抱っこできるよ。おやつもあげていい」

「……行きたい。行っていい?」

陽菜の大きな瞳が、今日初めて子供らしい輝きを見せる。

 期待の眼差しで、陽菜が由美を見上げた。

「でも、いいの? お店の人に迷惑じゃないかしら?」 

 さすがの由美も、突然の誘いに困惑しているようだ。行ったところのないお店に娘をひとりで行かすのだから、当然心配だろうと思う。

それに、良太と由美が知り合ってから、まだ日もそれほど経っていない。

「あ、そうだ」

 思い立って、良太は声を上げた。

「すぐそこなんで、今から少し寄りませんか?」