「お子さんいるのに、大変じゃないですか?」

「平気平気。うちの子、もう小三だしね。ひとり親だし、子供のためにもいっぱい稼がなくちゃ」

 明るく言い切る由美は、笑顔を絶やさない。

きっと大変なことも、持ち前のポジュティブさで乗り越えてきているのだろう。強い女性だ。
どちらかというとネガティブ思考の良太には、うらやましい限りだった。

 踏切の向こうに、『ボヌール・ドゥ・マンジェ』の三角屋根が見えた。

今日も良太は、これから店に立ち寄って、しろたんの世話をする予定だった。

由美は踏切を渡らず真っすぐ行く様子なので、ここでお別れだろう。

 すると、踏切向こうから「ママ~!」と手を振りながら女の子が駆けてきた。

 黄色い帽子に、ローズピンクのランドセル。顎下までのふんわりボブヘアーに、しろたんを彷彿とさせる黒目がちの瞳。

「陽菜!」

 線路を乗り越え、胸に飛び込んできた女の子を、由美がうれしそうに抱きとめる。

「うちの娘の陽菜よ。この先の小学校に通ってるの。ほら陽菜、ご挨拶しなさい」

「……こんにちは」

 由美に抱き着いたまま、陽菜が顔だけをこちらに向ける。

明らかに良太を怪しんでいる目だ。

「こんにちは。お母さんと同じところで働いている、八神って言います」

 良太が笑顔を見せても、女の子の表情が和らぐ気配はない。

きっと、人見知りの激しい子なのだろう。

「こんな時間まで、学校だったんですか?」

 今は、午後五時四十分。小学三年生の下校時刻にしては、遅い気がする。

「五時半まで学童保育に行ってるからね。いつも、こうやって帰り道で会って一緒に帰るのよ」

「えっ? でも、斉木さん六時までシフト入ってることありますよね?」

「うん。そういう日は、鍵持たせてるの。遅くても七時までには帰るから、なんとかなってるわ」

陽菜の黄色い帽子の頭を撫でながら、由美が言う。

「でも、前のお店では、八時や九時まで入らなくちゃいけないこともけっこうあって困っていたのよ。陽菜のお留守番が長くなっちゃうからね。今のお店は六時より遅いシフトにはしないって言ってくれたから、移動したのもあるの」

「そうなんですね……」