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五月も終盤に差し掛かり、晴れやかな日々が続いていた。
夕方五時。アルバイトが終わり、いつものように最寄り駅で京成線を降りた良太が改札口へと続く階段を登っていると、見覚えのある背中を見つけた。
モノトーンのチェックのシャツに、タイトなデニム。女性にしては高めの身長に、ボーイッシュなショートヘア。
「斉木さん?」
良太が斜め後ろから声を掛ければ、振り返った彼女が「あ!」と明朗な声をあげる。
「八神君じゃない。家、市川なの?」
「そうなんです。ひょっとして、斉木さんもですか?」
「そうそう、知らなかった~!」
斉木由美は、良太と同じレンタルビデオ店で働いている、三十代半ばの女性だ。
船橋の店舗には先週から入ったばかりだけれど、それまでは別店舗に五年近くいたベテランパートだった。この度は船橋店の人員不足のため、本社からの要請で移動になったらしい。
業務も接客も要領よくこなすため、正社員からも一目置かれている。性格もサバサバとしていて、初対面の自己紹介でシングルマザーであることを明るく公言していた。
帰る方向が同じらしく、良太は徒歩の由美と並んで自転車を押して歩くことにする。
「八神君、家どこなの?」
「桜並木公園の隣にあるアパートです」
「ああ、あの昭和感丸出しのすっごくボロいところ? 蔦が絡んでて、お化け屋敷一歩手前みたいな」
「多分合ってます……」
「あはは、やっぱり! 大丈夫大丈夫、うちもわりとボロだから!」
由美は、とにかく明るい女性だった。自然と場の空気を朗らかにするタイプで、新しい仕事場でも驚異のスピードで馴染んでいる。
家までともに歩んでいる間も、由美の話は尽きなかった。
「八神君って、大学生なの?」
「いえ。フリーターです」
「そうなんだ。じゃあ、バイト掛け持ちしてるとか?」
「はい。ひとつだけですけど」
まさか、チンチラの世話が基本の、楽すぎる仕事だとはいいにくい。
由美はにっこり笑って、「働き者ねえ」と感心したように言った。
「そういう私も、掛け持ちしてるんだけどね。ポスティングのバイト。空いた時間でノルマを果たせばいいだけだから、副業にはもってこいなのよ」