綾乃が、俯いていた顔を上げる。

「そんな……。私は、親切なあなたにこんなひどいことをしたのに」

「いいんです。あなたが相沢さんを想う気持ちは、痛いほど分かりますから。僕も負けないくらい、あなたのことを想っていますので」

「敬太郎さん……」

 敬太郎の濁りのない瞳に魅入られ、綾乃がこらえきれないように両手で顔を覆った。そして、嗚咽交じりのくぐもった声を出す。

「本当に、本当に……ごめんなさい……」

 敬太郎が、遠慮がちに彼女の背中に片手を添えた。

「もういいんですよ、もう謝らないでください。ああ、どうしたら泣き止んでくれるんだろう」

すすり泣く綾乃に、おろおろと狼狽える敬太郎。

獅子倉氏の顔にも、ようやく安堵の気配が戻ってきた。

敬太郎が、顔を伏せる綾乃を見守りながら、優しい声を出す。

「獅子倉様。今一度、内輪だけでアフターヌーンパーティーをやり直してもよろしいでしょうか? せっかく、桐ケ谷様が素敵な演出を考えてくださったのですし。もちろん、婚約発表はなしにして」

「それは名案だ。――相沢」

 獅子倉氏が、入り口に控えている彼の優秀な家令を呼んだ。

相沢が「はい」と厳かに歩み出る。