つまり、相沢は綾乃にこう伝えたかったのだ。

彼女は相沢にとって雇い主の孫という存在であり、それ以上にも以下にもなりうることはないのだと。

 相沢の気持ちを、今度こそ理解したのだろう。

 視線を落とした綾乃が、唇をかみしめた。

 いい意味でも悪い意味でも完璧すぎる家令には、心の隙など全く無いのだ。

 幼い頃からのひたむきな大恋愛が、音もなく打ち砕かれた瞬間だった。

 綾乃の華奢な肩をさらにか弱く感じて、良太は気の毒な気分になる。

 かといって、恋愛経験など皆無に等しい良太が、綾乃に掛ける言葉など思いつくわけがない。

 すると、今の今まで静かに事の成り行きを見守っていた敬太郎が、「獅子倉様」と呼んだ。

「綾乃様との婚約を、白紙に戻していただいても大丈夫でしょうか?」

 獅子倉氏の怒りを買うために利用され、そのうえ目の前で違う男への想いを告白されたのだ。敬太郎が綾乃に愛想を尽かしたとしても、無理ないだろう。

 ところが敬太郎は、続いて場違いなほどに明るい声を出した。

「綾乃さんとの関係をゼロからやり直し、今度こそ本気で僕のことを好きになってもらいたいのです」