獅子倉氏の大事なカップが割れていなかったことにホッとしつつ、良太が素朴な疑問を口にする。

 するとルイは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目を細めた。

「例えば、優秀な家令であれば」

「……え?」

 まるで怖いものでも見るような目で、綾乃が背後を振り返った。

獅子倉家の家令は、相変わらず入り口に控え、いつ何時も雇い主の要望を聞き入れる姿勢を崩さないでいる。

「そうですよね? 相沢様」

 相沢は、何の反応も示さない。

「あなたは前日、綾乃さんがコレクションルームからマイセンカップを持ち出すのを見ていたのでは? そして、綾乃さんがしようとしていることを予想した。ですが、雇われの身であるあなたは、彼女に注意できるような立場ではない。そこでよく似たものを用意して、いざというときの備えにしたのです」

 相沢の切れ長の瞳がゆっくりと動いて、ルイを捕らえた。

 対峙するように、ふたりの男が見つめ合う。

「証拠はございますか? 全ては、桐ケ谷様の憶測に過ぎません」

 相沢が、冷淡に言い放った。

「昨日、贔屓にしている洋食器店の店主から、獅子倉様より急な発注を承ったという話を耳にしました。獅子倉様、身に覚えはございますか?」

 獅子倉氏の眉間にしわが寄る。

すぐに、彼は深刻な面持ちで首を振った。

「……いや。昨日洋食器店に連絡した覚えはない」

「ではやはり、獅子倉家の何者かが、極秘に発注したということになりますね。おそらく、現在製造されている、葡萄葉模様のマイセンティーカップを」

 ルイの射ぬくような視線を受け、そこでようやく頑なだった相沢の瞳が揺らいだ。

相沢が、獅子倉氏の方へとスッと体を向ける。

それから、丁寧に頭を下げた。

「雄三さま、申し訳ございません。綾乃様に気づかれずに、雄三様の宝物をお守りするには、この方法しか思いつきませんでした」

 相沢の所作には、乱れひとつ見当たらない。

 こんな非常時でも、優秀な家令は優秀なままだった。

「雄三様、そして雄三様の孫にあたる綾乃様は、私にとって何事にも代えがたい大事な雇い主です。私には、双方の想いを尊重する義務がございます」

 相沢は、何があろうと家令としての己を貫くつもりなのだろう。

 それほどまでに、彼の獅子倉氏に対する忠誠心は深いのだ。

「それが、あなたのお答えですね」

「はい」

 一片の迷いもなく、相沢は即答した。