「自信がないのです。結婚したからと言って、彼を忘れる自信が。もしも、もしも一縷の望みがあるのなら……」

 綾乃の瞳から、涙がはらりと零れ落ちた。彼女の切実な恋心が空気を介して伝わってきて、思わず良太ももらい泣きしそうになる。

良太に大恋愛の経験はないが、想い人がいながら、違う人と結婚するのはどれほど酷だろうと想像してしまった。もはや、自分のことのように心が痛い。

 相沢は無表情のままスラリと長い足を伸ばし、立っているだけだった。その姿はこれまで見てきた家令としての彼そのもので、話の渦中にいることすら忘れてしまいそうだ。

 目もとを指先でぬぐっている綾乃と、気の抜けたような表情の敬太郎。いまだ困惑を処理しきれずにいる獅子倉氏に、無表情の相沢。

夕刻に近づき、差し込む光が和らいできたテラスルームが、しばしの静けさに包まれた。

「――ひとつ、獅子倉様のお耳に入れておきたいことがございます」

 気後れしそうな静寂を破ったのは、ルイだった。

「獅子倉様のコレクション第一号となる、葡萄葉模様のマイセンカップはご無事です」

 相沢を除く全員が、まるで狐に化かされたような顔でルイを見る。

「え? でも、どこからどう見ても真っ二つに割れていたじゃないですか?」

 良太が、思わずこの場にいる人々の気持ちを代弁する。

「獅子倉様。コレクションルームに、確認に行かれましたか?」
「いや。確認はしていないが……」

「では、このまま一同でコレクションルームに行きましょう。そうすれば、全ての答えが自ずと見えるはずです」

 部屋にいる面々に視線を侍らせながら、ルイが優美に微笑んだ。