「連れ添うことが叶わぬ相手だからです。だけどいざ婚約を目の前にすると、想いを捨てきれていない自分に気づきました。だから、敬太郎さんの婚約者という立場から逃げようと思ったのです。おじいさま、綾乃の身勝手な行いを……どうかお許しください」

 獅子倉氏が唇を噛みしめた。

「……誰だ、その男は? 職場の人間か?」

 綾乃は、ゆっくり被りを振った。

「いいえ。幼い頃からずっと……お側で慕っておりました」

 そして、獅子倉氏の背後に視線を向ける。

 綾乃の視線の先、入り口のわきには、いつものように相沢が礼儀正しく控えていた。