大きな足音とともに、入り口から獅子倉氏が姿を現す。

使用人を呼び集めたり、ルイと良太がせわしなく廊下を往来したりしていたので、何か動きがあったのを察知したのだろう。

 綾乃は目前まで迫ってきた獅子倉氏を、見ようともしない。俯いたまま、黙秘を貫いている。

 何も言うつもりはないらしい。そして反論もしない。

 これはある意味、自分の罪を認めていると見て間違いないだろう。

「どうしてだ? なぜそんなことを……」

 可愛がっている孫娘の裏切りに、獅子倉氏は動揺を隠せないでいた。

先ほどの怒号が嘘のように声には覇気がなくなり、目に哀しみが滲んでいる。まるで突然、体がひと回り小さくなってしまったかのようだ。

最早、逃げ場はないと判断したのだろう。
綾乃が顔を上げ、中空を見据えながら語り出した。

「――おじいさまを怒らせることで、パーティーを中断させたかったのです。そして、大事なコレクションカップを割った敬太郎さんを嫌いになって欲しかった……」

 ひとつ間を置いたあとで、獅子倉氏がかすれた声を出す。

「なぜ、わしが敬太郎君を嫌いになる必要がある?」

 けれども、綾乃はそれ以上は答えようとはしなかった。

 再び下を向き、息遣いも聞こえないほどに、声を潜めてしまっている。

まるで、心そのものを閉ざしているかのようだ。

 そんな綾乃の様子に、獅子倉氏はますます面食らっていた。

「獅子倉様、もしかしたら……」

 悲痛な攻防戦を打破したのは、敬太郎だった。

思い当たるところがあったのかもしれない。驚いた先ほどとは打って代わり、敬太郎はあきらめたような色が浮かんでいる。

「綾乃さんは、僕との婚約にためらいがあったのかもしれません」

 獅子倉氏は、眉をしかめた。

「どういうことだ?」

「綾乃さんは、他に想い人がいるのではないでしょうか? だから、僕との婚約をひとに広められるのが、お辛かったのでしょう」

 綾乃が、はっと顔を上げた。

「……ご存知だったのですか?」

「見ていたら、何となくですけれど」

 敬太郎が、後頭部を掻きながら困ったように笑う。

「想い人だと? そんな相手がいながら、どうして婚約を了承した!?」

 納得いかないように、獅子倉氏が声を張り上げる。

 綾乃はすくっと立ち上がり、澄んだ瞳で獅子倉氏を見つめた。

 全てが露呈した今、ようやく腹をくくる覚悟ができたのだろう。