私の頭の中に、小学5年生の頃に体験したある出来事がよみがえったから。
その日も今日と同じように友達から頼み事をされた。でも私は、友人からの頼みを断ったのだ。……そしたら、その日の翌日、ケチだの最低だの、散々に言われてしまったことを思い出してしまったのだ。
「……うん、分かった」
気付けば私は、心の中で思っていることと全く正反対の答えを口にしてしまっていて、私の視界には顔を輝かせる委員長と、「え?」と言いたげに驚いた顔をしたあかりが映る。
私はこうして自分の意見をはっきりと言えず、自分にとって不利な思いをしてしまうこともしばしば。今日と同じように、トラウマ、というのだろうか。あの日言われた言葉がぐるぐると頭の中を周り、自分の気持ちを押し込めてしまう癖がある。
……今日も頼みを受けてしまった以上、あかりにまで迷惑をかけてしまうわけにはいかない。
私はちらりとあかりを見上げ、『掃除道具のチェックを終わらせてから行くから、先に行ってて欲しい』ということを伝えようと思い、口を開こうとした。……でも、私が言葉を発するより先に、あかりの声が放たれる。
「ゆうちゃん、申し訳ないんだけどね、私と凪、これから塾なんだ。だから、ごめんね。他の子に頼んでもらえないかな?」
思っても見なかった言葉に目を見張り、あかりの顔をまじまじと見つめてしまった。彼女の瞳は、堂々と委員長を捕らえている。
「え?凪ちゃんもこれから塾だったの?言ってくれたらよかったのに……。何も知らずに押し付けようとして本当にごめんね。凪ちゃんもあかりちゃんも、塾、頑張ってね」
あかりの言葉を聞いた委員長は慌てて私に頭を下げると、「他の子に頼むね」と違う子に話しかけに行ってしまった。
私はもう一度、ちらりとあかりに目をやる。思えば、あかりはいつもそうだ。私が困っている時、静かに助けてくれる。正論を真っ直ぐに言えるあかりを見ていると、蓮と似ているなあと、強いなあと思う。
もう三年弱あかりと一緒にいるが、彼女といると多くの優しさに救われる。でもそれと反対に、考えてしまうんだ。あかりは毎日こうして私と一緒にいてくれるけれど、いつまでも情けなく本音を曝け出せず曖昧に笑ったままの私を見ていて、本当はどう思っているのだろうって。
……ねぇ、あかり。あかりは私といて、楽しい?私より明るくサバサバしている子も、勉強ができて優秀な子も、あかりの周りには大勢いる。それでも私を友達としてそばに置いていてくれるのは、どうしてなの?
彼女に聞きたいことはこの数年間で多くあるのに、そのどれもは私にとって簡単に聞けないことばかり。
「ほら、凪。早くしないと、置いていくからね」
今日も私は、あかりに助けられたまま、何も言えず。振り向いて悪戯に笑う彼女の後ろ姿を追いかけることしかできなかった。