実家でもあり、祖母の家でもあるこの家を、店だけ改装して他は手をつけなかったのは、古いものは大事にするという祖母・梅乃の言葉にある。
――ええか、清太郎。モノは大事にせなぁあかんえ。今の時代、少し壊れただけで人は買い換える。モノには作り手の想いが籠もうてはる。作り手の手ぇを離れたら、今度は買うてくれた人の想いが籠もる。モノは単なるモノやない。うちらの生活を支えてくれる大切な存在や。決して粗末にしたらあかん。大事にすれば大事にするほどモノは生き続ける。古いモンには、古いモノの良さがある。そやさかい、この京都という町は今も古い町並みや文化が遺っているんや。先人の知恵や文化を現代のウチらが引き継いで、また次の世代に引き継ぐ。モノも町も家も、そない変わらへんとウチは思うで。
故に家の中には、昔ながらのものが今も残っている。
柱時計に黒電話、卓袱台に土間のおくどさん(かまど)、風呂は五右衛門風呂である。
俺は、客の女性の前に水を置き「本日は
お薦めメニューはポテトコロッケです」と言った。
「ポテトコロッケ……」
席に座った女性の顔が、少し曇る。
まずいぞ、嫌いだったか?
「うちは、俺一人でやっているので一品が限度なんです。あの、お嫌いでしたか?」
「いえ、ポテトコロッケは大好きなんです」
女性は他にアイスティーを注文して、おしぼりの封を開けた。
***
本日――、洋食屋『一期一会』を訪れた女性は、東京出身なのだという。
「京都に来てもう五年になります。芸大を出て、イラストレーターになったんですけど――。店長さんも関東の人ですか? 京都弁とかじゃないし」
「いえ、京都生まれの京都育ちですよ。一時、東京でも暮らしていました」
「ポテトコロッケなんて、何年ぶりかしら」
コロッケが揚げ上がる前に、俺はペーパーコースターの上にアイスティーの入ったグラス、小さな白いピッチャーに入ったガムシロップとミルクを置いた。
それから女性は、聞いたわけでもないのに名前を名乗った。
彼女の名前は、新庄礼子さんと言う。
ポテトコロッケは、彼女の母が昔よく作ってくれたそうだ。
「うちの母、大量に揚げるんです」
礼子さんは、そう言って笑う。
――ええか、清太郎。モノは大事にせなぁあかんえ。今の時代、少し壊れただけで人は買い換える。モノには作り手の想いが籠もうてはる。作り手の手ぇを離れたら、今度は買うてくれた人の想いが籠もる。モノは単なるモノやない。うちらの生活を支えてくれる大切な存在や。決して粗末にしたらあかん。大事にすれば大事にするほどモノは生き続ける。古いモンには、古いモノの良さがある。そやさかい、この京都という町は今も古い町並みや文化が遺っているんや。先人の知恵や文化を現代のウチらが引き継いで、また次の世代に引き継ぐ。モノも町も家も、そない変わらへんとウチは思うで。
故に家の中には、昔ながらのものが今も残っている。
柱時計に黒電話、卓袱台に土間のおくどさん(かまど)、風呂は五右衛門風呂である。
俺は、客の女性の前に水を置き「本日は
お薦めメニューはポテトコロッケです」と言った。
「ポテトコロッケ……」
席に座った女性の顔が、少し曇る。
まずいぞ、嫌いだったか?
「うちは、俺一人でやっているので一品が限度なんです。あの、お嫌いでしたか?」
「いえ、ポテトコロッケは大好きなんです」
女性は他にアイスティーを注文して、おしぼりの封を開けた。
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本日――、洋食屋『一期一会』を訪れた女性は、東京出身なのだという。
「京都に来てもう五年になります。芸大を出て、イラストレーターになったんですけど――。店長さんも関東の人ですか? 京都弁とかじゃないし」
「いえ、京都生まれの京都育ちですよ。一時、東京でも暮らしていました」
「ポテトコロッケなんて、何年ぶりかしら」
コロッケが揚げ上がる前に、俺はペーパーコースターの上にアイスティーの入ったグラス、小さな白いピッチャーに入ったガムシロップとミルクを置いた。
それから女性は、聞いたわけでもないのに名前を名乗った。
彼女の名前は、新庄礼子さんと言う。
ポテトコロッケは、彼女の母が昔よく作ってくれたそうだ。
「うちの母、大量に揚げるんです」
礼子さんは、そう言って笑う。