そこまで言いかけたとき、センサーライトが灯って、ただの黒い塊だったその建物の姿があらわになった。
 なんと、二階建ての長方形の建物が、青々と伸びた草木に全面覆い尽くされているではないか。
 コンクリートの素材が一切見えないので、まるで植物だけでつくられた家のようだ。
 しかも、小さな入口の周りには、売り物かと思うほど美しい花々が飾られていた。
 甘い香りがしたのは、この大きな百合の花だったのだろうか。
 急にアニメの世界に飛び込んだような感覚に陥り、私はその場で硬直してしまった。
「こ、ここが家って、う、嘘ですよね」
「いや、本当だけど。まあ、さすがにサブの家だけどな」
 いやちょっとどころではない。
 動揺している私を無視して、草壁さんは、蔦でぐるぐる巻きになった赤いポストから郵便物を確認している。
 それから、鍵をカバンから取り出すと、たくさんの花に囲まれている赤いドアの前に立った。
「はやく来い、なにか食わせてやるから」
「は、はい……」
 ほとんど話したことのない男の人の家に入るなんて、普通は警戒心がなさすぎる。
 だけど、今はあまりの衝撃に判断力が鈍っていた。それに、男の人の家に入るという感覚より、深夜、閉館後の植物園に入り込むような感覚に近い。
 ドアに近寄って、壁に蔓延る草を見上げる。夜の空気をたっぷり吸い込んだのか、触れなくとも植物の冷たさが伝わってくる。
 草壁さんがドアを開けると、ガチャリという音とともに、カランコロンという古き良き鐘の音が聴こえた。
「え……、ここって……」
 中に入った私は更に驚愕した。
 小さなL字カウンターに沿って、深緑色の革張りの丸椅子が五脚置いてある。
 室内はやはり背の高い植物で溢れかえっており、入った瞬間にマイナスイオンを感じた。
「ここって家じゃなくてお店じゃないですか、草壁さん!」
 混乱したように問いかけると、草壁さんは手に持っていたビニール袋をカウンターに置いて、『そうだな、元々は』とつぶやいた。
「ここ花屋だったんだよ。祖母の店でさ。高齢でもうできないから二年前に潰そうとしたんだけど、やっぱり取り壊したくないし花もここに残したいって言われて、俺が引き継いだ」
「な、なるほど」
 どうりで植物に囲まれているわけだ。でもそれだけじゃ説明が不十分すぎる。
「で、店内はなぜこんなバーみたいな……」