なんて思っていると、背後に人の気配を感じた。
「なにしてんだ、花井」
「ぎゃっ、草壁さん!」
「電柱の陰から人の家覗くなんて不審者すぎるだろ」
 両手にスーパーの袋を持った草壁さんが、怪訝そうに眉を顰めて私を見ていた。
 なるほど、今まで買い出しをしていたから遅かったんだ。
「すみません……。様子を見ていただけなんですが」
「ちょうどよかった、はいこれ」
「え……」
 ぽんと手渡されたのは、古びた銀の鍵だった。戸惑った表情をしている私を見て、草壁さんは首を傾げる。
「両手塞がってて開けられないから開けて。食べに来たんだろ?」
 迷っていた私がアホらしく思えるくらい、草壁さんは当然のごとく私を招いてくれた。
 嬉しくなった私は、思わずこくこくと頭を縦に振って、笑みを浮かべる。
 すると、そんな私を見た草壁さんが、ぼそりとひと言つぶやいた。
「なんかお前……、クォッカに似てるな。昨日から思ってたけど」
「え、なんですかそれ? 芸能人ですか?」
 嬉々として問いかけると、草壁さんはふるふると首を横に振ってこう答えた。
「まあ、あとで調べて見て」
「はあ、分かりました……?」
 カランコロン、と音を立てて中に入ると、再び植物の甘い匂いが鼻に立ち込めた。
 ああ、やっぱりこの空間、癒される……。
 店内に入った瞬間、私は深く呼吸をして、植物たちの生み出した空気を肺の中にいれた。
 今まで植物に関心を抱いたことなどなかったけれど、緑に包まれるだけでこんなに癒し効果があるのならもっとはやく気づきたかった。
 深緑色の丸い椅子に荷物を置くと、草壁さんが指示をした。
「そうだ。外の看板の電気つけてくれるか。外にあるスイッチを上げるだけだから」
「あ、はい! 分かりました」
 看板なんてあったのか。本当にここはお店なんだ……。
 気づかなかったけれど、『植物レストラン』と書かれた小さな看板が玄関の脇にあった。こんなの誰も気づかないレベルのサイズだ。
 私は切り替え式のスイッチを上に押し上げて、光を灯した。
 ブン、という鈍い音を立てて、『植物レストラン』という文字が浮かび上がる。
 いったいどんなお客さんが来るんだろう。ワクワクするな。
「草壁さん、お客さんってどんな人が訪れるんですか?」
 店内に戻ってそう問いかけると、草壁さんはすでに料理の下準備に取りかかっていた。