映見チャレンジもあと残り九枚。

 この日は土曜日だったが、映見は用事があるといって朝六時にいつもの駅前と指定してきた。あまりにも早すぎる。

 あくびで目じりに涙をためながら僕が駅に着いたとき、人もまばらな見通しのいい駅の広場で、映見の方から慌しく駆け寄ってきた。これじゃ隠し撮りする意味が全くない。

「ごめん、朝早くに呼び出して。今日はこれから家族と出かけるの」

「こんな日は別に無理に写真を撮らなくても」

「カウントダウンはすでに始まってる。休むわけにはいかないわ。さあ、撮って」

 仕方がないとはいえ、シャッターを押した。

 カメラのファインダーを通して見た映見の笑顔はいつものように満面の笑みだ。

 だけど撮り終わった直後の僕を見る目が泣きそうだった。

 映見は何度も「ごめん」と頭を下げ、待たせていたタクシーに乗り込んで慌てて帰ってしまった。

 僕はポカーンとして去っていくタクシーを見送り、置いていかれた気になった。

 タクシーの後部座席から僕を気にして振り返り、後ろの窓に顔を寄せて必死に手を振る映見の不安げな表情。それがとても儚くて僕の胸が締め付けられる。

 なんだか嫌な予感がした。そう思うのが嫌で、ただ相手にされなくて残念で寂しい気持ちに落ち込んでいるだけだと思うことにした。


『カウントダウンはすでに始まっている』


 映見の言葉が妙に重々しく聞こえ、僕はこのとき、勝ち負けに関係なくともこの賭けが終わったらどうなるのか、今になってとんでもない事をしている気持ちに襲われた。

 ここにきて中止できないことも、終わったその後の不確かなことも、そして何より僕の呪われた法則も、ただ不安な気持ちとして漂っている。

 僕は一体何をしているのだろう。迷いながらこの日を過ごしていると、明日のスケジュールの知らせのメールが入った。


 ――5/12日曜日の明日は午後九時に駅前に居て。夜になってごめん。


 今度は遅い時間の指定だった。この土日は一泊旅行で町を離れたに違いない。それならゆっくりとすればいいのに、それでも僕に写真を撮らせようと怠る事をしない。

 僕も映見も本来の目的から外れて、義務的だけに事を進めているだけだ。取り消しのできないカウントダウンのためだけに無駄にフィルムが減っていく。それと反比例に僕の不安が増えていく。

 ならば意表をついて映見が油断しているときに事を終わらせてしまおう。映見は夜遅い事に気をとられて、一刻も早く事を終わらそうと真剣に勝負を挑んでくる気はないだろう。そこに週末の疲れも入って気が緩んでいるかもしれない。

 夜ならば辺りも暗く、黒い服を着ていれば却って目立ちにくいし、僕だとばれないような変装をしてもいい。

 一度パッとアイデアが浮かぶと、僕はそわそわしてしまう。父親の服をクローゼットから探し、僕はサラリーマン風を装った。

 少しぶかぶかなスーツだけど、夜ならばはっきりと見えないから誤魔化せる。サングラスも用意して、僕はその指定された夜、待ち伏せに挑んだ。

 でも僕はやっぱり浅はかだった。

「あっ、君、ちょっといいかな」

 街路樹の陰で立っていた僕にふたりの警官が寄って来た。

「君、夜遅くにそこでそんな格好して何してるの?」

 語り口は穏やかだが、薄暗い中で目が光っている。警察官の制服が僕を威圧し、僕はしどろもどろになってしまった。

「あの、その、ひ、人と待ち合わせを……」

「無理してスーツ着てるけどさ、君、学生さんだよね。名前は? どこの学校?」

「あの、その、僕はただ……」

 なんでこんな時に限ってこんなことになるのだろう。

 こうなると次のパターンが読めた。

「透! ごめん、待った?」

 ほら、映見が現れた。

「あっ、映見。遅かったな」

 嘘をついていなかったとわざとらしく警察官に向かって強調する。

 映見は驚きながら、警察に向かってこの状況にピッタリな話を作っていた。

「弟が心配性で私を迎えにきてくれたんです。自分も子供だから大人に見えるようにスーツ着て、私の帰りを待っていてくれたんです。ご心配お掛けしてすみません」

「なんだ姉弟でしたか。わかりました。夜も遅いですから早くおうちに帰りなさいね」

「はい、分かりました」

 弟にされたことはちょっとムッとしたけど、ここは穏便に済ませるために僕はハハハと乾いた笑いをしてやり過ごす。

 警察官が安心してどこかに行ってしまうと、僕は「はあっ」と息を吐いた。

「透、本気出してたんだね」

 映見は僕が掛けていたサングラスをそっと顔から外した。

「でもさ、夜中にこれ付けてるって怪しすぎるよ」

 映見がサングラスを僕に突き出したその時、このアイテムの矛盾に気がついた。

 街明かりがあるので、佇んでいるだけだと支障なく見えていたんだけど、自分を隠そうとして却ってそれが裏目に出ていた。

 そりゃ警察官も僕に気がついて怪しむわけだ。

 映見は笑いながら、そのサングラスを身につけ、そしてずらして僕を上目使いに見つめた。

 また完敗だ。

 その姿は今日の一枚として収められた。

 残りあと七枚。そしてちょうど一週間だ――。