「おはよう」
はつらつとした弾んだ声に僕の体がシャキンと反応する。
「こんなに早くなくても」
「朝ごはんまだでしょ?」
早く家に入りたそうにしていた映見を招き入れ、早速ばあちゃんに紹介した。
「おはようございます。朝早くから失礼します。私、時生映見と申します」
元気な声に応えようとばあちゃんが身を起こそうとするが痛くて挨拶どころではなかった。
「おばあちゃん、どうか安静にして下さい。勝手に押しかけてしまってすみません」
「いや、透の彼女が折角きてくれたのに、情けないところをお見せしてこっちが申し訳ない」
ばあちゃんの言葉に、映見ははにかんでいる。
「えっと、あの、朝食の用意しますね。お台所お借りします。透、手伝って」
いつになく映見が慌てている。
居間続きにある台所にそそくさと行ってしまった。テーブルの上に持ってきた荷物を置いて、そこから色々と真面目な顔をして取り出して並べだした。いつもの映見らしくなくばあちゃんを目の前にして緊張している様子だ。
ばあちゃんはその様子を布団の中かから見て微笑んでいた。
「かわいくていい彼女だね」
小声で僕に囁く
「ばあちゃん、映見は彼女じゃないって」
「照れなくていいから。なんかいいね。中高生の未可子が戻ってきてくれたみたいだ」
ばあちゃんは台所の方を向きながら目を潤わせていた。
僕はそれを見ると何も言えなくなった。
「透」
映見に呼ばれ側に近寄る。テーブルの上にはおせち料理みたいにおかずがぎっしりつまった重箱が並んでいた。ラップに包んだおにぎりもいっぱい置いてあった。
「これ、ひとりで作ってきたの?」
「そう……といいたいんだけど、お母さんが手伝ってくれた。身内の方が動けなかったらご飯を作るのも不自由だからって、多めにもっていきなさいって」
正直に話す映見はモジモジしている。もしかしたらほとんど母親が作ったのかもしれない。
「すまないね」
奥からばあちゃんが言った。
「いえいえ、気にしないで下さい」
映見にしては珍しい余所行きの笑顔だ。なんだか緊張してぎこちない。
ばあちゃんを前にして、映見と一緒に横並びで台所で立つ僕も落ち着かず変な気分だった。
「おい、透、映見さん、こっち向いて」
ばあちゃんが呼びかけたのでその通りにすると、その瞬間パッとフラッシュが光った。
「えっ、ばあちゃん、それっ」
僕は「あー!」と呆れた声を出しながら、すぐに近寄って乱暴にばあちゃんからカメラを取り上げた。
僕が無造作においていたのを無断で手にして僕たちの写真を撮ってしまった。
「ばあちゃん、勝手にやめてよ」
「何を怒ってるのよ。カメラなんだから誰が撮ってもいいじゃない。あっ、いてててて」
「腰が痛いのに余計な事をして」
「だって、手の届く範囲に落ちてたからつい撮りたくなるじゃないか。久々に写真を撮ったって気持ちになったよ」
腰に手をあて顔を歪めながらも、いたずらが成功した子供のように満足していた。
ばあちゃんのせいで今日の一枚が無駄になってしまった。これで残り十六枚。
カメラを手にして映見の側に戻る。
「透とふたりで並んで写るのもいいね」
納得できない僕の隣で、映見はお皿におかずを取り分けながら笑っていた。
「ほら機嫌直して、あーん」
映見は箸でつまんだソーセージを僕の口元に持ってくる。条件反射でつい口を開けてそれを受けいれてしまったのは、あまりにもお腹が空いていたからだった。それにソーセージは僕の好物でいらないと避けられなかった。
頬を少し赤らめながら、僕はそれをゆっくりと噛んでいた。
朝日が窓から差し込んで映見の長い黒髪が一層つややかに光っている。本当に映見は天使のように思えた。