その夕方、珍しく神野からメールが入った。
――明日、駅前でバイトがあるんだけど、手伝ってくれないか?
バイトだって? しかも駅前?
僕はすぐさま折り返し神野に電話する。
「おっ、透か。メール見てくれたか」
「バイトってなんだよ。僕も明日は忙しいんだけど」
「ゴールデンウィークだろ。明日の朝、九時ごろから駅前の広場で街を上げてのお祭りキャンペーンがあるみたいで、着ぐるみ被る奴を探してるんだ。予定してた奴が倒れちゃってさ」
「駅前の広場で着ぐるみ?」
なんだかタイムリーでぱっと閃いた。
「ああ、ウサギなんだけど、どうだ、その中に入らないか?」
「で、神野は何するんだ?」
「俺は、盛上げ役とビラ配りを手伝う。別に透がビラ配りで俺が着ぐるみでもいいんだけど。とにかく周りが爺婆ばかりで若い人手が足りなくて、急遽頼めるのがお前しかいなかったんだ」
「乗った。俺が着ぐるみを着るよ」
即答で答える。これはいけるかもしれない。
「本当にいいのか? 時給は結構安いぞ」
「お金は気にしないよ。その代わり、ちょっと協力して欲しい」
僕は明日映見に会う事をいった。
ウサギの着ぐるみは僕には都合がいいかもしれない。これなら思ったように写真が撮れるかも――。
「まあ、借りができたから仕方がないな。できる限りの事はするけどもうまく行くかな」
「神野はただカメラを持ってて欲しいんだ。僕が必要な時にすぐに手渡してくれさえしたらそれでいい」
「カメラ持ちをするだけでいいんだな。それなら簡単だ」
神野はあっさりと承諾してくれた。
これならきっとうまく行く。突然の予期せぬ展開に、急に明日が楽しみになってきた。
映見との約束の時間の一時間前に僕は駅前に着いた。念のため辺りを確認し、映見がまだ居ないか一通り目を通した。どうやらまだ来てない様子だ。
「よぉ、透! こっちだ」
僕を呼ぶ声のする方向を見れば、神野が白いパイプテントと長テーブルが設置された場所から手を振っていた。周りには同じ法被を着て準備している人たちが忙しく動いている。
僕が近づくと、神野はそこを仕切っている年老いた男性に僕を紹介した。形式的に挨拶を済ませた後、薄いピンク色のウサギの着ぐるみを手渡された。
すでにどこかで使いまわされて薄汚れている。テントの後ろに回って神野に助けてもらいながら早速着てみた。慣れない着心地に体がちくちくとするような変な感じだった。
肝心な頭の部分を被ると、急に音が篭って閉塞感が襲ってきた。
「おっ、似合ってるぞ」
神野の笑いが混じった声が聞こえた。
「似合ってるも何も、誰が着ても同じだろう」
半開きになっている口の部分が黒くメッシュになっていて、そこから神野の顔が見えた。僕の声もそこから聞こえるようだ。
「いやいや、そんなことないぞ。しっかりとウサギになりきれるかで違ってくる。とにかく、子供たちを見たら手を振ったり、踊ったりして愛想振りまいてくれ」
「わかった」
とりあえず適当に答えたけど、心の中では面倒くさいと思っていた。
「それから、神野、カメラの準備はいいだろうな」
「ああ、必要な時必ず手渡してやるよ。任せとけ。さあ準備はいいか」
僕は神野に引っ張られ、親子連れの前に連れて行かれた。小さな女の子が母親の影に隠れて、僕を恐々と見ていた。
手っ取り早く手を振ってみれば、益々怖がって泣いてしまった。
「すみません、この子、なれてなくて」
母親の方が恐縮している。
僕はどうすればいいのだろう。とにかく、ウサギらしくピョンピョンと飛んでくるっと回って適当にクネクネしてみた。
女の子は泣き止まないまま母親にしがみつき、母親は頭を下げて申し訳なさそうに去っていった。なんか悲しかった。
「気にすんなとはいいたいけど、その踊りはやめたほうがいいぞ。とにかく今は目立つだけでいいからところ構わず手を振っとけ」
神野に言われるまま、手当たり次第に手を振った。すると、おしゃまなそうな小さな女の子が走り寄って来る。
「あ、ウサギさんだ」
遠慮もなく勢いつけて抱きしめてきた。僕は頭をそっと撫でると、女の子は得意気になってはしゃいで喜び、母親もその様子をスマホに撮っていた。
一通り終わると、女の子は「バイバイ」と手を振って去っていく。
好かれると気持ちがいい。ちょっと癖になりそう。
泣く子もいれば、喜んで近づいてくる子もいる。冷めた感じで気のないふりをする子もいれば、粋がってからかってくる子もいた。
中高生くらいの女の子は話のネタ程度にスマホを掲げて「かわいい」と大げさに近寄ってくる。
それも悪くなかったが、「写真一緒に撮ってもいいですか」と声を掛けられると、人気者になったようで気分が高揚する。女の子たちにぴとっとくっつかれると気分だけじゃなく、体も熱を帯びていくようだった。
「透、大丈夫か。休憩していいんだぞ。それを着てから小一時間くらい経ってるぞ」
それを聞いてハッとする。
――明日、駅前でバイトがあるんだけど、手伝ってくれないか?
バイトだって? しかも駅前?
僕はすぐさま折り返し神野に電話する。
「おっ、透か。メール見てくれたか」
「バイトってなんだよ。僕も明日は忙しいんだけど」
「ゴールデンウィークだろ。明日の朝、九時ごろから駅前の広場で街を上げてのお祭りキャンペーンがあるみたいで、着ぐるみ被る奴を探してるんだ。予定してた奴が倒れちゃってさ」
「駅前の広場で着ぐるみ?」
なんだかタイムリーでぱっと閃いた。
「ああ、ウサギなんだけど、どうだ、その中に入らないか?」
「で、神野は何するんだ?」
「俺は、盛上げ役とビラ配りを手伝う。別に透がビラ配りで俺が着ぐるみでもいいんだけど。とにかく周りが爺婆ばかりで若い人手が足りなくて、急遽頼めるのがお前しかいなかったんだ」
「乗った。俺が着ぐるみを着るよ」
即答で答える。これはいけるかもしれない。
「本当にいいのか? 時給は結構安いぞ」
「お金は気にしないよ。その代わり、ちょっと協力して欲しい」
僕は明日映見に会う事をいった。
ウサギの着ぐるみは僕には都合がいいかもしれない。これなら思ったように写真が撮れるかも――。
「まあ、借りができたから仕方がないな。できる限りの事はするけどもうまく行くかな」
「神野はただカメラを持ってて欲しいんだ。僕が必要な時にすぐに手渡してくれさえしたらそれでいい」
「カメラ持ちをするだけでいいんだな。それなら簡単だ」
神野はあっさりと承諾してくれた。
これならきっとうまく行く。突然の予期せぬ展開に、急に明日が楽しみになってきた。
映見との約束の時間の一時間前に僕は駅前に着いた。念のため辺りを確認し、映見がまだ居ないか一通り目を通した。どうやらまだ来てない様子だ。
「よぉ、透! こっちだ」
僕を呼ぶ声のする方向を見れば、神野が白いパイプテントと長テーブルが設置された場所から手を振っていた。周りには同じ法被を着て準備している人たちが忙しく動いている。
僕が近づくと、神野はそこを仕切っている年老いた男性に僕を紹介した。形式的に挨拶を済ませた後、薄いピンク色のウサギの着ぐるみを手渡された。
すでにどこかで使いまわされて薄汚れている。テントの後ろに回って神野に助けてもらいながら早速着てみた。慣れない着心地に体がちくちくとするような変な感じだった。
肝心な頭の部分を被ると、急に音が篭って閉塞感が襲ってきた。
「おっ、似合ってるぞ」
神野の笑いが混じった声が聞こえた。
「似合ってるも何も、誰が着ても同じだろう」
半開きになっている口の部分が黒くメッシュになっていて、そこから神野の顔が見えた。僕の声もそこから聞こえるようだ。
「いやいや、そんなことないぞ。しっかりとウサギになりきれるかで違ってくる。とにかく、子供たちを見たら手を振ったり、踊ったりして愛想振りまいてくれ」
「わかった」
とりあえず適当に答えたけど、心の中では面倒くさいと思っていた。
「それから、神野、カメラの準備はいいだろうな」
「ああ、必要な時必ず手渡してやるよ。任せとけ。さあ準備はいいか」
僕は神野に引っ張られ、親子連れの前に連れて行かれた。小さな女の子が母親の影に隠れて、僕を恐々と見ていた。
手っ取り早く手を振ってみれば、益々怖がって泣いてしまった。
「すみません、この子、なれてなくて」
母親の方が恐縮している。
僕はどうすればいいのだろう。とにかく、ウサギらしくピョンピョンと飛んでくるっと回って適当にクネクネしてみた。
女の子は泣き止まないまま母親にしがみつき、母親は頭を下げて申し訳なさそうに去っていった。なんか悲しかった。
「気にすんなとはいいたいけど、その踊りはやめたほうがいいぞ。とにかく今は目立つだけでいいからところ構わず手を振っとけ」
神野に言われるまま、手当たり次第に手を振った。すると、おしゃまなそうな小さな女の子が走り寄って来る。
「あ、ウサギさんだ」
遠慮もなく勢いつけて抱きしめてきた。僕は頭をそっと撫でると、女の子は得意気になってはしゃいで喜び、母親もその様子をスマホに撮っていた。
一通り終わると、女の子は「バイバイ」と手を振って去っていく。
好かれると気持ちがいい。ちょっと癖になりそう。
泣く子もいれば、喜んで近づいてくる子もいる。冷めた感じで気のないふりをする子もいれば、粋がってからかってくる子もいた。
中高生くらいの女の子は話のネタ程度にスマホを掲げて「かわいい」と大げさに近寄ってくる。
それも悪くなかったが、「写真一緒に撮ってもいいですか」と声を掛けられると、人気者になったようで気分が高揚する。女の子たちにぴとっとくっつかれると気分だけじゃなく、体も熱を帯びていくようだった。
「透、大丈夫か。休憩していいんだぞ。それを着てから小一時間くらい経ってるぞ」
それを聞いてハッとする。