そしてメールの着信音が届いた時、僕はすぐさま確認していた。
――明日から十連休のゴールデンウィークだね。この休みを透とどう過ごすか考えてました。一緒に何をすべきだと思う? 詳しいことはまた明日考えようね。十一時にO駅の中央出口で待ってます。
それを読んだ時、僕はスマホを落としそうになった。
ゴールデンウィークの連休を全て映見と過ごす? 素っ頓狂な声が出そうなところを堪え息を止めた後、大きなため息を吐いていた。
写真を撮る条件とはいえ、こんなにも長く一緒に居る機会があることに憂慮が強くなる。果たしてこれでいいのだろうかと思いつつ、鞄からカメラを取り出して暫くそれを見つめる。
早く条件に合う写真を撮る事ができないだろうか。どんなに知恵を絞ってもため息しかでなかった。
その翌日、あまり成功する気がしないまま早めに待ち合わせの場所に着いた。連休初めとあってこれから旅行に出かけようとしているたくさんの人がひっきりなしに歩いて、大きな駅の構内はごちゃごちゃしていた。
中央口の改札口を出た空間は広すぎて、どこから映見が現れるのか検討も着かない。
身を隠す場所がないか辺りを眺める。キオスクが島のように構内にあり、柱が所々にどしっと立っている。その向こう側は他の乗り場に向かう通路を挟み、観光案内所、切符売り場、コンビニストアや喫茶店などが入っている。
構内左右の両端の出入り口もどこかにつながり、人の波があちこちから押し寄せていた。
映見の姿を見つけるのが難しいと思ったとき、映見も僕の姿を見つけるのが難しいのではないだろうか。
僕が映見の存在を早く見つけられれば、気づかれずに写真を撮る確率が高くなる。
ここで確実に撮れると言い切れないのがちょっと気弱になってしまった。そのせいで、僕が映見に気がついたときには、彼女は遠くから手を振っていた。
肩をうな垂れて人の流れを避けながら僕が近づくと、彼女の様子がおかしい。手を振るけども僕と目線が合ってない。
ようやく側に近づいたところで映見は「はっ」と体を震わせた
「あっ、透!」
「何をびっくりしてるんだよ。そっちが先に気がついたくせに」
「ううん、気がつかなかったんだ」
「えっ、じゃあなんで手を振ってたんだよ」
「さすがにこんなに大勢の人がいると、すぐには見つけられないと思って、それで先に手を振って撹乱作戦してたの」
僕は呆れてしまう。僕が見つけたとき映見はまだ僕の存在に気がついてなかったということだ。そんなチャンスがあったのに、はなっから負けたと思ってカメラすら取り出してなかった。こんな近くで写真が撮れたのに僕は違和感に気がつかずにみすみすチャンスを棒に振ってしまった。
「なんだよ、もう。嘘をつくのは反則みたいにいったくせに」
僕が悔しがると、映見は楽しそうに笑った。
「別に手を振るのは嘘をついてるわけじゃないわ。防御よ、防御。だから言ったでしょ、ベストをつくせって。疑わずに簡単に諦めた透の負け」
「映見が一枚上手だったんだよ」
「あっ!」
映見の突然の叫びに僕はドキッとし、周りを過ぎ去っていく人々の視線を集めた。
「急に大きな声だすなよ。みんな不審に見ていくじゃないか」
僕が周りを気にしているのとは対照的に映見は堂々として喜んでいる。
「私のこと、初めて映見って呼んでくれた」
「だって映見じゃないか」
何気ないふりをしたが、呼び捨てて彼女の名前を口にしたと意味していることくらいわかっている。それまでは、二人称の君で済ませていたのだから。あまり面と向かってそういう事を指摘されると、僕の不安がまた膨らんだ。
自然に呼び捨てできたのも、すでに映見に馴染んでしまったからだ。
僕が不自然に目をそらせば、映見は頓珍漢に答える。
「わかんないよ、他の名前だったかもしれないし。例えばアイコとか」
「はぁ?」
そんな風に大げさに呆れた態度をとったけど、お陰で気恥ずかしさが少し紛れた。
「私は映見でよかった。エミって笑いの笑みって発音と同じだし、見たものを映すってなんか自分が鏡になったみたいで、全てを偽りなく見せるみたいで好きなんだ」
エミは色んな漢字で表せるが、『映見』と記すのは珍しいかもしれない。
「ねえ、お腹空かない? ハンバーガーでも食べに行こう」
僕の腕を掴み、映見はくるっと向きを変える。優しい水色のワンピースの裾が翻った。制服もお嬢様のようなデザインだけど、私服も清楚で上品だった。
安っぽい服を着ている僕とは合わないレベルの違いを抱いてしまう。
レベルの違い?
自分でいった言葉に反応する。それ以前に僕は死神だった。ここ最近それをすっかり忘れていたような気がする。僕は思わず映見に掴まれていた手を振り払った。
不思議に思った彼女は立ち止まり僕に振り返る。
「ハンバーガー嫌だった?」
「違う。そうじゃない。もうこのゲーム終わりにしないか? このまま一緒に居たら映見に不幸が訪れるかもしれないんだ」
「何を恐れているの?」
「それは、その」
もちろん、僕が映見の命を奪ってしまうかもしれないことだ。それを口にするのが自分でも怖かった。
「あのね、透は人を幸せにしているよ。少なくとも私は一緒にいるのが楽しい」
「でも、僕には呪いがあって」
「呪い?」
過去の全てを言ってしまおうか僕が迷っていると、映見は微笑む。
「そんなのないって。自分で思い込んでるだけ。それにもしあったって私には効かない。鏡は見るものを映すだけじゃなく跳ね返す事だってできるんだから。ほら、混み合う前に早く食べに行こう」
どこまでも映見はポジティブで陽気だ。僕は結局強く抗えなかった。へたれな自分に失望してしまう。こんなんだから、ベストを尽くさず写真も上手く撮れない。映見と離れたければ、条件にそった写真を撮ればいいだけだ。本当に離れたいのならそうするしかないのだから。
僕は今日中に片付けるつもりで腹に力をこめる。
「よし、とにかく腹ごしらえだ」
「そうこなくっちゃ」
僕たちは目に付いたハンバーガーチェーンに入っていく。カウンター奥の上に掛かっているメニューを見つめる映見は、好奇心たっぷりにわくわくしていた。まるでハンバーガーを食べるのが初めてというような顔だ。順番が来るまであまりにも熱心に考えているその時、僕はハッとする。これはシャッターチャンスだ。
僕はそっとカメラを取り出し、メニューを見るふりをしてカメラを向けるタイミングを計る。
「あっちも美味しそうだし、これも捨てがたいな」
小声で独り言を呟いている映見。まだ僕のやろうとしていることに気がついてない。
よし、いまだ。カメラを映見の斜め前に構えてシャッターを素早く押す。
やったか。
「あのね、そのカメラ、一メートルは離れないとぼやけるよ」
にこっと微笑みをカメラのレンズに向けながら映見は答える。
「やっぱりだめだったか」
「残念だったね。でもこれで今日はゆっくりと買い物に集中できる」
もう少し待てばよかった。チャンスは一日に一回しかないのに、こんなに早くから無駄にしてしまった。
「今日の分は終わったから、帰っちゃだめかな」
「もちろんダメ。私の買い物に付き合ってもらう約束だし、これからの連休をどうするかも話し合うんだからね」
折角の意気込みは吹っ飛んでしまった。
――明日から十連休のゴールデンウィークだね。この休みを透とどう過ごすか考えてました。一緒に何をすべきだと思う? 詳しいことはまた明日考えようね。十一時にO駅の中央出口で待ってます。
それを読んだ時、僕はスマホを落としそうになった。
ゴールデンウィークの連休を全て映見と過ごす? 素っ頓狂な声が出そうなところを堪え息を止めた後、大きなため息を吐いていた。
写真を撮る条件とはいえ、こんなにも長く一緒に居る機会があることに憂慮が強くなる。果たしてこれでいいのだろうかと思いつつ、鞄からカメラを取り出して暫くそれを見つめる。
早く条件に合う写真を撮る事ができないだろうか。どんなに知恵を絞ってもため息しかでなかった。
その翌日、あまり成功する気がしないまま早めに待ち合わせの場所に着いた。連休初めとあってこれから旅行に出かけようとしているたくさんの人がひっきりなしに歩いて、大きな駅の構内はごちゃごちゃしていた。
中央口の改札口を出た空間は広すぎて、どこから映見が現れるのか検討も着かない。
身を隠す場所がないか辺りを眺める。キオスクが島のように構内にあり、柱が所々にどしっと立っている。その向こう側は他の乗り場に向かう通路を挟み、観光案内所、切符売り場、コンビニストアや喫茶店などが入っている。
構内左右の両端の出入り口もどこかにつながり、人の波があちこちから押し寄せていた。
映見の姿を見つけるのが難しいと思ったとき、映見も僕の姿を見つけるのが難しいのではないだろうか。
僕が映見の存在を早く見つけられれば、気づかれずに写真を撮る確率が高くなる。
ここで確実に撮れると言い切れないのがちょっと気弱になってしまった。そのせいで、僕が映見に気がついたときには、彼女は遠くから手を振っていた。
肩をうな垂れて人の流れを避けながら僕が近づくと、彼女の様子がおかしい。手を振るけども僕と目線が合ってない。
ようやく側に近づいたところで映見は「はっ」と体を震わせた
「あっ、透!」
「何をびっくりしてるんだよ。そっちが先に気がついたくせに」
「ううん、気がつかなかったんだ」
「えっ、じゃあなんで手を振ってたんだよ」
「さすがにこんなに大勢の人がいると、すぐには見つけられないと思って、それで先に手を振って撹乱作戦してたの」
僕は呆れてしまう。僕が見つけたとき映見はまだ僕の存在に気がついてなかったということだ。そんなチャンスがあったのに、はなっから負けたと思ってカメラすら取り出してなかった。こんな近くで写真が撮れたのに僕は違和感に気がつかずにみすみすチャンスを棒に振ってしまった。
「なんだよ、もう。嘘をつくのは反則みたいにいったくせに」
僕が悔しがると、映見は楽しそうに笑った。
「別に手を振るのは嘘をついてるわけじゃないわ。防御よ、防御。だから言ったでしょ、ベストをつくせって。疑わずに簡単に諦めた透の負け」
「映見が一枚上手だったんだよ」
「あっ!」
映見の突然の叫びに僕はドキッとし、周りを過ぎ去っていく人々の視線を集めた。
「急に大きな声だすなよ。みんな不審に見ていくじゃないか」
僕が周りを気にしているのとは対照的に映見は堂々として喜んでいる。
「私のこと、初めて映見って呼んでくれた」
「だって映見じゃないか」
何気ないふりをしたが、呼び捨てて彼女の名前を口にしたと意味していることくらいわかっている。それまでは、二人称の君で済ませていたのだから。あまり面と向かってそういう事を指摘されると、僕の不安がまた膨らんだ。
自然に呼び捨てできたのも、すでに映見に馴染んでしまったからだ。
僕が不自然に目をそらせば、映見は頓珍漢に答える。
「わかんないよ、他の名前だったかもしれないし。例えばアイコとか」
「はぁ?」
そんな風に大げさに呆れた態度をとったけど、お陰で気恥ずかしさが少し紛れた。
「私は映見でよかった。エミって笑いの笑みって発音と同じだし、見たものを映すってなんか自分が鏡になったみたいで、全てを偽りなく見せるみたいで好きなんだ」
エミは色んな漢字で表せるが、『映見』と記すのは珍しいかもしれない。
「ねえ、お腹空かない? ハンバーガーでも食べに行こう」
僕の腕を掴み、映見はくるっと向きを変える。優しい水色のワンピースの裾が翻った。制服もお嬢様のようなデザインだけど、私服も清楚で上品だった。
安っぽい服を着ている僕とは合わないレベルの違いを抱いてしまう。
レベルの違い?
自分でいった言葉に反応する。それ以前に僕は死神だった。ここ最近それをすっかり忘れていたような気がする。僕は思わず映見に掴まれていた手を振り払った。
不思議に思った彼女は立ち止まり僕に振り返る。
「ハンバーガー嫌だった?」
「違う。そうじゃない。もうこのゲーム終わりにしないか? このまま一緒に居たら映見に不幸が訪れるかもしれないんだ」
「何を恐れているの?」
「それは、その」
もちろん、僕が映見の命を奪ってしまうかもしれないことだ。それを口にするのが自分でも怖かった。
「あのね、透は人を幸せにしているよ。少なくとも私は一緒にいるのが楽しい」
「でも、僕には呪いがあって」
「呪い?」
過去の全てを言ってしまおうか僕が迷っていると、映見は微笑む。
「そんなのないって。自分で思い込んでるだけ。それにもしあったって私には効かない。鏡は見るものを映すだけじゃなく跳ね返す事だってできるんだから。ほら、混み合う前に早く食べに行こう」
どこまでも映見はポジティブで陽気だ。僕は結局強く抗えなかった。へたれな自分に失望してしまう。こんなんだから、ベストを尽くさず写真も上手く撮れない。映見と離れたければ、条件にそった写真を撮ればいいだけだ。本当に離れたいのならそうするしかないのだから。
僕は今日中に片付けるつもりで腹に力をこめる。
「よし、とにかく腹ごしらえだ」
「そうこなくっちゃ」
僕たちは目に付いたハンバーガーチェーンに入っていく。カウンター奥の上に掛かっているメニューを見つめる映見は、好奇心たっぷりにわくわくしていた。まるでハンバーガーを食べるのが初めてというような顔だ。順番が来るまであまりにも熱心に考えているその時、僕はハッとする。これはシャッターチャンスだ。
僕はそっとカメラを取り出し、メニューを見るふりをしてカメラを向けるタイミングを計る。
「あっちも美味しそうだし、これも捨てがたいな」
小声で独り言を呟いている映見。まだ僕のやろうとしていることに気がついてない。
よし、いまだ。カメラを映見の斜め前に構えてシャッターを素早く押す。
やったか。
「あのね、そのカメラ、一メートルは離れないとぼやけるよ」
にこっと微笑みをカメラのレンズに向けながら映見は答える。
「やっぱりだめだったか」
「残念だったね。でもこれで今日はゆっくりと買い物に集中できる」
もう少し待てばよかった。チャンスは一日に一回しかないのに、こんなに早くから無駄にしてしまった。
「今日の分は終わったから、帰っちゃだめかな」
「もちろんダメ。私の買い物に付き合ってもらう約束だし、これからの連休をどうするかも話し合うんだからね」
折角の意気込みは吹っ飛んでしまった。