復帰して間もないからと、私の仕事はほとんど用意されていなかった。

ゆっくりとオフィスのソファに座って、お茶を飲む。

大きな仕事を一つ終えたみんなも、まだ気持ちの切り替えが済まないようで、興奮の残骸と長丁場の疲労が交錯していた。

「じゃ、私は先に帰りますね!」

七海ちゃんが立ち上がる。

「あ、そうそう。今はまだ彼女の後処理が済んでないから時間が取れないけど、ちょっとして落ち着いたら、みんなを和石亭に招待するって、長島くんが言ってましたよ」

「いつから七海ちゃんが連絡係になってたの?」

「最初っからでーす」

七海ちゃんは今回の仕事がうまく行ったことで、とにかく上機嫌だ。

「そんな美味しい役目、他の人に渡すワケ、この私がないじゃないですかぁ。じゃ!」

彼女は颯爽とオフィスを後にした。

「皆さんは、まだ帰らないんですか?」

芹奈さんとさくら、市山くんは、ずっと何かの作業を続けていた。

「彼女に関する膨大なデータをまとめているのよ。5日でまとめろって、相変わらず鬼ね」

「ま、私もこういうタイプの人間には、元々興味あったし」

「市山くんは?」

彼は頭を天井に向けた。

「僕は、まー後学のためですかね。貴重な経験をさせてもらっているんだということは、自分でも分かっていますから」

「そっか」

横田さんは、帰り支度を始めていた。

この人は資料作りには参加してないのかな。

「一緒に帰るか?」

突然のお誘いにちょっとびっくりしたけど、まぁ他にすることもないし、特に問題はない。

「えぇ、いいですよ」

私も身支度を始めたところで、オフィスの扉が開く。

「あぁ、よかった。なんとか間に合いました」

入って来たのは、長島少年だった。

「今日が出勤日だと聞いていたので、今日中に一度は会っておきたかったのです」

相変わらずの、透き通る笑顔を浮かべる。

「副局長は、絶対に萩野を避けてますよね。最近顔を見せなくなったって、寂しがってましたよ」

横田さんが、スマホを取り出す。

「電話しましょうか、今出て行ったばかりだし」

「結構です。彼女とは、普段メールでやりとりをしているので、それで充分です」

「普通に顔をみせればいいじゃないですか、お好きな時間に」

「忙しくて、今まで時間が取れませんでした」

「へー、その割りにはさっき廊下で七海ちゃんに捕まって俺に助けを求め……」

「だからそれはあなたの勘違いだと……」

長島くんと横田さんがじゃれ合っている。

いつの間にこんなにも、二人は仲良くなったんだろう。

意外と気の合う、似たもの同士なのかもしれない。

「とにかく! このプロジェクトにおいて、怪我人を出したことが、僕にとっての唯一の失敗でした。軽傷で済んだのが幸いでしたが。そのフォローをすることに何の問題もありませんし、僕には明穂さんに、そうする義務があるんです!」

珍しく一息にしゃべった少年は、真っ赤な顔で息を切らせていた。

私にも彼に直接会って、聞いてみたいことがあった。

「ありがとうございます。ところで、愛菜は、彼女は今、どうしているのですか?」

「彼女は今、保健衛生監視局の特別保護管理施設に収容されています」

「警察、ではなくて?」

「元々そういう約束で、警察の方とは話しがついていましたから」

彼はいつもの調子を取り戻して、にっこりと笑った。

「本当は、もう少し穏やかな形で犯行を実行してもらうつもりだったのです。あなたを標的にすることは間違いなかったのですが、まさかあなたをこんな形で巻き込むことになるとは、思いもしませんでした」

「どういうことですか?」

「いや、僕としては、あなたと彼女が二人きりでいる状況で、あなたが彼女に首でも絞められて殺されそうになるのを、局内で取り押さえるつもりだったんですけどね」

彼は申し訳ないといった感じで、照れたように話している。

やっぱり変態だ。