持参したルームウェアに着替えて、ソファに横たわる。

休憩所の大画面で、見たいと思っていたドラマの一気見をするつもり。

あたたかいセイロンティーのカップを手に、再生ボタンを押した時だった。

入り口の電光掲示板が軽やかな音を鳴らし、『横田健一:出局』の文字を浮かび上がらせる。

「えっ!?」

この格好、今から着替えても間に合わない。

どうしようかと私は一通りあたふたした後、夏用のタオルケットをすっぽりと頭からかぶってソファにうずくまることにした。

扉が開く。

「保坂?」

足音が近づいて、それは私のすぐ頭上で止まった。

タオルケットが、一気に引きはがされる。

「ちょっと! なにするんですか!」

慌てて取り返したら、横田さんの方がびっくりしていた。

「うわっ、なんだ、そこにいたのか」

「いますよ、見たら分かるでしょ!」

横田さんはよろよろと後ろに数歩下がったあと、そこにあった椅子に腰を下ろす。

「あぁ、びっくりした」

「それはこっちのセリフです」

取り返したタオルケットを、肩まで引きずりあげる。

もう逃げ場所がない。

「何しに来たんですか?」

「いや、ちょっと気になって……、立ち寄ってみただけだ」

そのまますぐに帰るかと思って、それを待っているんだけど、出て行きそうな気配が全くない。

「あぁ、腹が減ったな。弁当を買って来たんだが、お前も食うか?」

「いりません」

彼はそのまま、黙々と一人で食事を始めた。

よほどお腹がすいていたのか、脇目も振らず一心不乱に食べ続けている。

あっという間に食べ終わった弁当箱をゴミ箱に放り込むと、向かい側のソファにガッツリ陣取る。

「寝たければ寝ていいぞ、遠慮するな」

この人は、なにを言ってるんだろう。

「あの、何しに来たですか?」

一呼吸の間があって、彼はもぞもぞと居心地の悪そうにする。

「あぁ、いや、ちょっと気になっただけだ」

「帰ってもいいですよ」

私はリモコンを手にして、先に進んでしまったドラマを先頭に戻した。

「私、今からドラマ見るんです。一緒に見ますか?」

「いや、いい」

だけど、画面の目の前に座られているから、ちょっとどころじゃなく、邪魔なんだよね。

「そこ、邪魔なんですけど」

そう言えば出て行くと思ったのに、この人はそのままソファの上に横たわった。

徹底的に、出て行く気はないらしい。

私はあきらめて、モニター画面を切った。

泣けるドラマだと聞いていたのに、今から号泣するつもりで、ティッシュもゴミ箱も完璧に用意していたのに。

地下オフィスの落としていた照明を、屋外連動森林モードに切り替える。

エアコンの風が涼しげな自然風を吹かせ、オフィスの壁全体に、森と星空の映像が映し出された。

今夜は半月。

真っ暗な地下室に、月の明かりがちょうどいい。

「なんで帰らないんですか」

「この森林モード、いいな」

「使ったことなかったんですか」

「俺の夜勤の時は、いつもさっさと電気消して寝てたからな」

寝ろって言われても、この状況でどうやって寝ていいのかが分からない。

彼はスーツの上着を着たままで、目を閉じている。

仕方なく起き上がって、予備のタオルケットを出してきてあげる。

彼は起き上がってそれを受け取ると、上着を脱いで本気で泊まり込み体勢に入ってしまった。

私は自分のソファに寝転ぶと、磨かれたタイルの上に浮かび上がる、下草の映像に目をやる。

ソファの足元で揺れる草は、柔らかく夜風にそよいでいた。

そんな時には、ちょっと意地悪な気分になる。

「芹奈さんと愛菜、どっちが好みのタイプですか?」

ブシツケな質問は、ブシツケな態度で帳消しにしてあげる。

「それはな、俺と市山と、どっちが好みなのかって聞くようなもんだぞ」

「私は長島くんがいいです」

「あぁ、そういうときにも便利だな、彼は」

横田さんは寝返りを打って、私に背を向けた。

「まだ私の質問に、答えてないですけど」

「いいからさっさと寝ろ。俺はもう寝る」

動かなくなった背中を見て、私も目を閉じた。

夏虫の鳴く声だけが、オフィスに響いている。

彼のその答えは、私の望む、限りなく正解に近い答えだった。

朝になって、パチリと灯りがつき、目が覚める。

「結局横田さん、お泊まりしたんですか?」

灯りをつけたのは、市山くんだった。

「びっくりしましたよ、部屋に入ったらここだけ夜の森で」

しまった、タイマーをかけ忘れた。

私は慌てて、ロッカールームに逃げ込む。

「あぁ、最初に来てくれたのが、お前で助かった」

「なにやってんですか、もぅ」

二人の会話が扉越しに聞こえる。

本当に、最初に来てくれたのが市山くんでよかった。

あわてて身支度を調え、外に出る。

「あ、おはよー」

さくらが入ってきた。