愛菜は変わってしまった。
あれだけべったりと懐いていた横田さんと芹奈さんを、避けるようになった。
使っていなかった古いパソコンを無理矢理立ち上げ、座る位置まで向かい合うようにして仕事をしている。
そして何よりも、周囲に対する敵意をむき出しにし始めた。
いつもイライラとして、誰に話しかけられても、まともに返事をしない。
突然大きなため息をついたかと思うと、ペンや電卓を机に投げつける。
私は愛菜の席から、そんな物音がするたびにびくびくして、つい彼女の方を覗き見てしまう。
だけど芹奈さんは、そんな状況を楽しむかのように半笑いで仕事を続けていて、横田さんも至って通常運転だった。
他の三人も、この変化を全く気にする様子はなく、いつもより真面目に、淡々と仕事をこなしている。
「七海ちゃん、これ」
市山くんは向かいに座る七海ちゃんに、何かをメモした紙を手渡した。
それを受け取り、瞬時に目を通した七海ちゃんは、すぐさまそれを足元のシュレッダーにかける。
七海ちゃんは何かをこっそりとさくらの耳元でささやき、さくらはパソコンを操作しながら、小さくうなずく。
この部署ではいつの間にか、電子なやり取りよりも、物理的なやり取りの方が主流になってしまったようだ。
「あぁもう! なんなのよ一体!」
ふいに愛菜が大きな声をあげ、ガツンと立ち上がった。
ギラギラした激しい視線を、部署全体に向ける。
芹奈さんはそんな愛菜を見上げて、微笑んだ。
「さ、ちょっと休憩にしましょう。あなたも疲れたでしょ」
その言葉にカッとなった愛菜は、引き出しから鞄を取り出した。
「気分が悪いので、今日はもう帰ります!」
足を踏みならし、愛菜の背中が本当に扉の向こうに消えてしまった。
芹奈さんと横田さんは、その瞬間から何かを真剣に話し合っている。
私はそんな雰囲気が怖くなって、スマホで愛菜のアカウントをチェックしてみた。
彼女のPPは1235、かつてない落ち込み、当然だ。
「ちょっと、失礼します」
スマホを片手に、私も廊下に飛び出した。
愛菜の番号をタップして、直接電話をかけようとしてみたけれど、その着信は彼女には届かなかった。
電話は拒否設定にされていて、いつの間にかフレンド登録も外されていた。
それ以降、愛菜は職場のオフィスフロアに、姿を見せなくなっていた。
自分のパソコンを局内に持参し、廊下のベンチや社食のテーブルで、何かを一心に打ち込んでいる。
オフィスの部屋には入らず、受付のロビーで作業に打ち込む彼女を見かけて、声をかけようとした私を止めたのは、長島少年だった。
「そっとしておいてあげてください」
彼はその透明な顔に、透き通るような笑顔を浮かべる。
「今の彼女には、自分で考える時間が必要です」
他に誰もいないロビーで、彼女は必死に何かと戦っていた。
私たちはそれを、遠くから見ている。
「そういうものなんでしょうか」
「そういうものなんです」
少年は微笑んだ。
彼がそう言うのなら、きっとそれが正解なんだろう。
私は彼に促されるようにして、そっとその場を後にした。
翌日は、久しぶりに回ってきた夜勤の日だった。
その日の午前中を家でゆっくりと過ごし、のんびり夕方近くに出勤する。
全局員の持ち回りで夜勤の順番は回ってくるから、担当が当たったとしても、年に1、2回くらいだ。
やりたくない人は、夜勤リストから名前を削除することも可能だし、市山くんみたいに希望して、たくさん入れる人もいる。
私は別に、嫌いじゃない方の人間だった。
交代しようかって、さくらに言われたけど、決まっていたことだからと、断った。
家で寝るのもいいけど、灯りの消えた真っ暗なオフィスの、見慣れている場所に漂う違和感と、カタカタと動くわずかな機械音、点滅する小さな無数の駆動表示ライトに照らされて、広い部屋に一人でいるのも嫌じゃない。
居心地がいいようで、落ち着かないわくわくした感じは、深夜の学校に忍び込んでいるみたいだ。実際には忍び込んだことないけど。
あれだけべったりと懐いていた横田さんと芹奈さんを、避けるようになった。
使っていなかった古いパソコンを無理矢理立ち上げ、座る位置まで向かい合うようにして仕事をしている。
そして何よりも、周囲に対する敵意をむき出しにし始めた。
いつもイライラとして、誰に話しかけられても、まともに返事をしない。
突然大きなため息をついたかと思うと、ペンや電卓を机に投げつける。
私は愛菜の席から、そんな物音がするたびにびくびくして、つい彼女の方を覗き見てしまう。
だけど芹奈さんは、そんな状況を楽しむかのように半笑いで仕事を続けていて、横田さんも至って通常運転だった。
他の三人も、この変化を全く気にする様子はなく、いつもより真面目に、淡々と仕事をこなしている。
「七海ちゃん、これ」
市山くんは向かいに座る七海ちゃんに、何かをメモした紙を手渡した。
それを受け取り、瞬時に目を通した七海ちゃんは、すぐさまそれを足元のシュレッダーにかける。
七海ちゃんは何かをこっそりとさくらの耳元でささやき、さくらはパソコンを操作しながら、小さくうなずく。
この部署ではいつの間にか、電子なやり取りよりも、物理的なやり取りの方が主流になってしまったようだ。
「あぁもう! なんなのよ一体!」
ふいに愛菜が大きな声をあげ、ガツンと立ち上がった。
ギラギラした激しい視線を、部署全体に向ける。
芹奈さんはそんな愛菜を見上げて、微笑んだ。
「さ、ちょっと休憩にしましょう。あなたも疲れたでしょ」
その言葉にカッとなった愛菜は、引き出しから鞄を取り出した。
「気分が悪いので、今日はもう帰ります!」
足を踏みならし、愛菜の背中が本当に扉の向こうに消えてしまった。
芹奈さんと横田さんは、その瞬間から何かを真剣に話し合っている。
私はそんな雰囲気が怖くなって、スマホで愛菜のアカウントをチェックしてみた。
彼女のPPは1235、かつてない落ち込み、当然だ。
「ちょっと、失礼します」
スマホを片手に、私も廊下に飛び出した。
愛菜の番号をタップして、直接電話をかけようとしてみたけれど、その着信は彼女には届かなかった。
電話は拒否設定にされていて、いつの間にかフレンド登録も外されていた。
それ以降、愛菜は職場のオフィスフロアに、姿を見せなくなっていた。
自分のパソコンを局内に持参し、廊下のベンチや社食のテーブルで、何かを一心に打ち込んでいる。
オフィスの部屋には入らず、受付のロビーで作業に打ち込む彼女を見かけて、声をかけようとした私を止めたのは、長島少年だった。
「そっとしておいてあげてください」
彼はその透明な顔に、透き通るような笑顔を浮かべる。
「今の彼女には、自分で考える時間が必要です」
他に誰もいないロビーで、彼女は必死に何かと戦っていた。
私たちはそれを、遠くから見ている。
「そういうものなんでしょうか」
「そういうものなんです」
少年は微笑んだ。
彼がそう言うのなら、きっとそれが正解なんだろう。
私は彼に促されるようにして、そっとその場を後にした。
翌日は、久しぶりに回ってきた夜勤の日だった。
その日の午前中を家でゆっくりと過ごし、のんびり夕方近くに出勤する。
全局員の持ち回りで夜勤の順番は回ってくるから、担当が当たったとしても、年に1、2回くらいだ。
やりたくない人は、夜勤リストから名前を削除することも可能だし、市山くんみたいに希望して、たくさん入れる人もいる。
私は別に、嫌いじゃない方の人間だった。
交代しようかって、さくらに言われたけど、決まっていたことだからと、断った。
家で寝るのもいいけど、灯りの消えた真っ暗なオフィスの、見慣れている場所に漂う違和感と、カタカタと動くわずかな機械音、点滅する小さな無数の駆動表示ライトに照らされて、広い部屋に一人でいるのも嫌じゃない。
居心地がいいようで、落ち着かないわくわくした感じは、深夜の学校に忍び込んでいるみたいだ。実際には忍び込んだことないけど。