「ね、実は前から気になってたお店があって、そこに行きたいんだけど、いいかな?」

「えー、どんなとこ?」

「創作和風イタリアン!」

「行く行く!」

さくらに連れられて来たお店は、豪華な和食のお総菜と、イタリアンパスタの融合メニューで知られる、超有名大人気店だった。

石造りの庭と小さな池が、涼しげな木立に囲まれてライトアップされている。

そんな純和風の庭が一番よく見える席に通された私は、ちょっとびっくりした。

「なに? さくら、予約してたの?」

「ふふ、こんな奇跡って、あるんだね」

この店は予約しても半年待ちで知られていて、こんな一番いい席なんて、どうやって取れたんだろう。

「凄い!」

「びっくりした?」

首を高速で縦に振る私に、さくらは笑う。

「しかも今日はおごりだから、気兼ねなく楽しんで」

さくらはワインまで注文している。

さくらのワイン好きは知っていたけど、なんだか今日は、ちょっぴり様子がおかしい感じ。

「なにか、いいことでもあった?」

とりあえず、そうカマをかけてみる。

もしかしたら、悪いことかもしれないし……。

そんな私に、さくらはプッと吹き出した。

「それとも、あんまり言いたくないこと?」

彼女はくすくす笑ったあとで、ゆっくりと私を見た。

「あんたって、本当にいい子だよね」

「なによそれ。関係ないし」

運ばれてきた料理は、本日のコースメニュー。

といっても、ここの店は、それしかメニューがない。

絶妙なタイミングで出される料理を楽しみつつ、私は久しぶりにたくさん笑った。

さくらもすっごく楽しそうで、たくさん飲んでたくさん食べて、店を出るころにはすっかり満腹になっていた。

「ねぇ、なんでさくらは、今日私を誘ったの?」

いい感じの酔っ払い同士、初夏の繁華街をほろ酔いで歩く私の後ろで、さくらは急に立ち止まった。

「最近、明穂の元気がなかったから」

彼女は今までに私が見たことないくらい、とても真剣な顔をしていた。

「明穂は、あんまりPPの変動を気にしないタイプだけど、PPの役割って、他人と競うことだけじゃない、自己管理の、客観的な指標でもあるのよ。だから、もう少し気をつけて、自分のことも、もっと大切にしてあげて」

結局、またその話か。

せっかくのいい気分が、そのセリフで全部台無し。

さくらは何が言いたいんだろう。

「なにそれ、本当にそんなことで、私を呼び出したの?」

「芹奈さんのアドバイス、ちゃんとやってる?」

さくらなのに、私のことを、一番理解してくれていると思っていた人なのに、彼女の口からそんな言葉が出るなんて、思いもしなかった。

「さくらも知ってるでしょ、あんなの、インチキだって」

「でもあれで、実際に七海ちゃんんは、あがったよ」

やっと元通り、普通に接することが出来るようになった職場の人間関係を、どうしてまた気まずい雰囲気に戻したがるのだろう。

「だから、やってるって!」

「本当に? ねぇ、それ、本気で言ってる?」

明らかに機嫌を悪くした私にさくらは駆け寄り、手をぎゅっと握りしめた。

「ね、お願いだから、ちゃんと守ってね、私との約束」

どうしてさくらがこんなにも真剣に話すのか、彼女の目元が、わずかに潤んでいるような気もする。

私はそっとさくらの手を振りほどいた。

きっと彼女には何かの事情があって、それはきっと、嫌なことだったにちがいない。

それで飲み過ぎたせいもあって、ちょっとおかしくなってるんだ。

彼女の事情を私に重ねられても困るけど、それでも私を心配してくれていることには、変わりない。

「うん、分かったよ。PPのアップは無理でも、1600から1700は維持するように頑張る」

「ありがとう、明穂」

さくらは私を、たけるごと抱きしめた。

「明穂はね、私にとっても、実は大切な存在なんだよ。あなたがいなかったら、私はきっと、ここには残っていない」

「なによ、それ」

さくらは目元の涙を指でぬぐった。

「本当だからね、覚えてなくてもいいけど、忘れないでね。私がそうやって、言ってたこと」

「うん」

最後に、さくらとしっかりハグをしてから、私たちは別れた。

家に戻って着替えをしながら、今日一日の出来事を口頭でたけるに伝え、非公開の日記をつける。

「そうだね明穂、今日は楽しかった?」

「そうだねたける、今日は楽しかったよ」

たけるはその日の日記の最後を、『楽しかった』で締めくくった。

私の落ち込み続けていたPPは、わずかに回復していた。