一人でオフィスに戻ると、すっかりやつれたような横田さんがパソコン画面にかじりついていた。

その目とたたずまいが怖くって、最近は全く近寄り難い雰囲気だ。

そうかと思うと、今ではすっかり相棒と化した芹奈さんと真剣な顔でやりとりをしているから、きっと何か特別な用件を言いつかっているに違いない。

私には関係のない話しですけど。

デスクに座って、スリープしていたパソコンを立ち上げる。

その背中に、七海ちゃんが飛びついてきた。

「明穂さん! ちゃんと芹奈さんのPPアップ、実行してます?」

「あー、その話ね……」

なんで今、そんなことを言われなきゃいけないんだろう。

結局、この部署で1600代を引きずっているのは、私だけだ。

「あれ、ちゃんとやった方がいいですよ!」

「うん、ありがとう」

そうやって素直に応えたのに、七海ちゃんは納得がいっていない様子で、私の背中にしがみついたまま離れようとしない。

私の背中に、自分の額をむずむず押しつけてくる。

「本当に、気をつけた方がいいですよ」

少し痩せたような市山くんまで、心配そうに声をかけてきた。

今の私には、そんな気遣いの方が辛い。

「大丈夫だって!」

つい声が大きくなってしまう。

振り返った横田さんと、一瞬だけ目があったけれども、それは本当に一瞬だけの出来事だった。

「私、明穂さんのこと、大好きですからね」

背中の七海ちゃんに、そんなことまで言わせてしまう私は、もう笑うしかない。

七海ちゃんを背中にくっつけたままで仕事を始めようとした時、愛菜が部屋に戻ってきた。

彼女は明らかに、不機嫌な顔をしている。

「長島少年に会えた?」

私の言葉に、愛菜はさらにムッとなった。

「別の所に行ってるって言われたから、そこに行ったんだけど、そこにも居なくって、また別の所に追いかけて行ったら、もう出て行った後だった」

「あーら、残念」

七海ちゃんの手が、するりと肩から落ちた。

悔しそうな表情をする愛菜に、思わず笑ってしまう。

こういう時の愛菜は、ちょっとかわいい。

「本当に神出鬼没だからね、ここにもよく来てるから、そのうち会えるよ」

愛菜はそう言った私をじっと見上げる。

「それ、本当?」

「愛菜さん、別の仕事を説明するわね」

芹奈さんの声に、愛菜はくるりと背を向けた。

私は、自分の仕事に戻る。

パソコンのメール画面に、さくらからのメッセージを知らせる通知が送信されてきた。

ちらりとさくら本人の方を覗いてみたけど、彼女は素知らぬ顔で仕事をしている。

開いたメールには『今晩、二人でデートしよう』と書いてあった。

もう一度さくらを覗いたら、今度はパチッとウインクしてくる。

私はこっそり笑って、小さくうなずいた。

まるで秘密の社内恋愛中カップルのように、私とさくらは時間をずらしてオフィスを出た。

七海ちゃんと市山くんは仕事を続けていて、愛菜は芹奈さんにつきっきり、横田さんは、やっぱり頭を抱えこんだまま、何かをしている。

繁華街の三角公園で待ち合わせた私たちは、並んで歩き始めた。

「なんか久しぶりだね、明穂と二人でデートするの」

「本当だね」

足取りも軽いし心も軽い。

さくらはいつになく、にこにこと笑っていて、私も釣られて笑顔になる。