「あの部署はなんなの? チームなの? それぞれが別の仕事をしてるの? いつもああやって、AIの指示に従ってるだけ?」

私はメニュー表を閉じて片付けた。

出てきた水を一口飲む。

「あそこで一番のトップって、横田さん?」

「そういうはっきりとした肩書きはないけど、まぁそんな感じの役割を、あの人が果たしてるよ」

愛菜は満足げにうなずいた。

「なるほどね、悪くないわね」

出てきたパスタからは、甘いにおいがする。

「なのにさ、横田さんは芹奈さんに何にも言わないわけ? 他にもほら、さくらさんとか、市山くんだっているのに」

フォークで持ちあげた乳白色のパスタからは、白い湯気が上がっている。

「なにが?」

「なにがって、色んな相談は他の人じゃなくって、全部芹奈さんにしているのね」

「そうなんだ」

口に入れたパスタは、すぐに飲み込むには、ちょっと熱かった。

「知らなかったの?」

「私の仕事には、関係ないし」

愛菜は目の前のパスタをフォークですくい、それを持ちあげたり下ろしたりしている。

「仕事の能力さえあれば、経験は問わないってことかしら」

「多分、そういうことだよね」

二度目のパスタを口に入れようとした私を、愛菜はのぞき込んだ。

「ねぇ、明穂は、どれくらいあそこにいるの?」

「えーと、大学を卒業してすぐだから……二年目かな」

「あ、そんなもんなんだ!」

愛菜はぐちゃぐちゃとソースをかき回し、私は彼女にもてあそばれるだけのそれと同じものを口に入れる。

「ふーん、じゃあ、比較的最近に新設された部署なんだ」

「仕事量が増えてるから、処理のための部署が増えたって聞いたことある」

「へー」

彼女はフォークをパスタに突き刺したまま、その手をとめた。

それからしばらくの間、その格好のまま動かなくなったから、何かを考えているのだろう。

その間に私は食事を終えた。

「ねぇ、明穂は、芹奈さんのこと、好き?」

彼女の手は、やっぱり麺の絡みついたフォークを上げ下げしている。

何気なく聞いてみたことなんだろうけど、その質問は、今の私には辛い。

「いい人だよ」

そう、いい人なんだよね、実際は。

嫌いじゃないけど、好きだとは答えられなかった。

「私のPPアップのために、対処方考えたりしてくれたりするし」

「ちょっと何よそれ、もっと早く言いなさいよ」

彼女のフォークが、カラリと皿の上に落ちた。

「その方法、私も知りたい。ねぇ教えて、めっちゃ興味ある」

愛菜はテーブルに身を乗り出す。

彼女にはこのパスタを食べるつもりがないということだけは、私にもよく分かった。

「ねぇ、パスタ、冷めちゃったよ。食べないの?」

彼女は腕でその皿を押しのけた。

「その方法、私のスマホに送って、今すぐ!」

そんな彼女と別れてから、私は歩いて帰ることにした。

自分の分のお金は払って、店を後にする。

愛菜は冷めたパスタをテーブルに残したまま、私の送った芹奈さんのPPアップリストを熱心に眺めては、分析していた。

私が「意味不明でしょ?」って言ったことには、何一つ返事は返ってこなかった。

彼女はそのまま店に残り、私は一人外を歩く。

夏が近づいてきていた。

見上げた空には、月がかかっている。

歩調に合わせて揺れる背中の重みに、たけるのことを思い出した。

そういえば、今日は一度もたけるを抱きしめていなかったな。

うちに帰ったら、たけると一緒に眠ろう。

今日の寝る前のお話は、何がいいかな。

ベッドでは、一緒にタオルケットをかけてあげる。

エアコンはまだ必要ないから、たけるもそんなに暑くはないよね。

そろそろたけるも、綺麗に洗ってあげないとな。

外灯に照らされた帰り道、背中のたけるは、ずっと静かに、私の背中で揺れていた。